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3 意味は、解りません。

 「また見てんのか?」

くいーっと顎を掴まれ視線を合わせられる。

「慧ちゃん。」

誤解を招くからやめるようにと言っても、ちっとも止めてくれない悪戯っ子。

従兄の慧ちゃんです。

館林 慧斗。パパの姉の息子です。

ちなみにここの3年生。

「私の楽しみを邪魔しないのです。」

「他人ばっかみて・・・。」

ばさばさと本を閉じながら、帰る準備らしい。

「ん?」

「いや。今度の土曜、空けとけよ?」

土曜?

「何で?」

「デート。」

「誰と?」

「俺と。」

「誰が?」

「お前が。」

「やです。」

何が悲しゅーて従兄とデート・・・。

「ばっか。冗談だろー? じー様の個展、受付担当。」

・・・そうでした。

「了解です。」


***


 ・・・お手伝いに行くとなると、必ずこれですよ。

 「さぁ出来たわ。よかった。ぴったりね。」

御祖母様の言葉通り、鏡に映る私は見ごろもぴったりの装いです。

目尻の皺も上品な、私の肩辺りにある綺麗な総白髪の女性は私の祖母です。

志野山 蓉子。

日本画家志野山 静己の奥様で、私の父親の母親です。

造り酒屋さんの末っ子で、たまたまスケッチ旅行をしに来て立ち寄った祖父に一目惚れ。

懇意にしている旅館を紹介して、お食事の席を設けて、旅館や自分の家族まで巻き込んで祖父を絡め取ったという逸話を持つ、元祖肉食系女子(って元祖?)。

ほんわか笑顔は見ている人に安心感を与え、警戒心を解いてしまう、と評判で、おそらくこれに祖父もやられた模様。そしてその効果をしっかりご自分で把握しているという、結構真っ黒な人なのです。

当然、祖父は頭が上がらない。というか、おそらく掌の上で転がされてウン十年以上、という事すら気がついてないかも。

そして、その真っ黒さは、しっかりと子供たち(父と叔母ね。)に遺伝しているという・・・。

・・・孫にもかな?


 今いるのは個展会場のホテルの一室です。

「ばぁちゃん。透の、出来た?」

扉を開けて入ってきたのは、今日の相棒 慧ちゃん。

「ば ぁ ち ゃ ん ?」

・・・っひ!!

にっこり笑顔で、今何投げました?

慧ちゃんが飛び上がって避けたので、直撃はしませんでしたが、それってホテルの備品ですよね?

・・・ゴスッていった!! ゴスッて・・・。

「・・・っ御祖母様! です。 ごめんなさい。」

即効で慧ちゃんが頭を下げます。素直でよろしい、とお祖母様はにっこり。

何気に志野山家最強人物ですからっ。誰も逆らいませんよ、一切。

「私の成人の時の着物なのよ。 よかったわ、長めにとっておいて。」

そうなのです。基本着物、の御祖母様は、個展の度に孫や家族に着物を着せる人なのです。

でも誰も “面倒”だなんて言いません。

怖くって言えない、のもあるし、何より御祖母様が着物を着せる時にすっごく嬉しそうで楽しそうで・・・可愛いから。

慧ちゃんは足元に落ちていた(?)さっき出現したガラス製の灰皿を拾うと、何気に遠いテーブルへと置いた。極力音を立てないように置く仕草から、先ほどの慧ちゃんの恐怖ぶりが解ろうというもの。

 

 「本日はありがとうございます。こちらに御署名を戴いてもよろしいでしょうか?」

ホテルのロビーなどではなく、一番広いホールを貸し切っての個展。

その全開放した入口の2メートル四方のテーブルが、今日の私たち二人のテリトリーです。

「やぁ。今日は御苦労だね。」

なんて、御祖父様の同僚(・・っていうの?それとも同期? いや同業?)の画家の皆さんもやってくる。

「これ差し入れ。後で食べなさい。」

って、御菓子(とはいっても京都和菓子ですから。こんな時しかお口に出来ない高級品)を持って来て下さったり。

そんな時は満面の笑顔で、最高の笑顔でおもてなし。子供なんてそんなものです。

だって日給 5000円・昼食・おやつ付きですから。その代わり一日中笑顔を張り付け、敬語を駆使し、動きの不自由な着物姿なのです。勿論慧ちゃんも一緒。

 御祖父様の絵は、高い。

そりゃぁもう、興味がない人にとっては、何でそんなに・・・というくらい高い。

でもここに来ている人たちの多くは、そんな絵を家に一枚は持っている人たちばかり。

「・・・ふわっ。」

小さな声で慧ちゃんが欠伸。

必死に噛みころして涙目になってる。

「見んなよ。」

・・・見ちゃったもん。

無言でティッシュを差し出すと、フン、と言いつつ受け取って目頭を抑えている。

そろそろ退屈な時間だよね。でも私はそんな事はありませんよ。なんたって、いい機会です。

こんなに目の前にお楽しみがあるのです。


 ・・・おや。

御祖父様が今歓談をしている人。

「・・慧ちゃん。あれって・・・。」

署名をして貰うノートを捲りながら慧ちゃんが顔を上げて、私の視線を追う。そして、あぁ、という。

「3年の錦谷 時宗。 隣に居るの、父親だろ。」

御祖父様の脇に立ち、今にも最高額の絵を購入しそうな勢いのオジサマ、ですか。

・・・へぇ。

「錦谷って・・・。」

・・・うちのかかりつけ医の?

「そう。確か上に兄貴がいるんじゃなかったか?今医学部の3年かなんか・・・。あいつも鬼みたいに頭はいいけど、ほらあの顔だろ?」

女ほっとかないんだろうけどさぁ・・・癖悪いって話ぃ。

と、慧ちゃんが言っても納得できない感じですが。貴方も同じようなモノでは?

そんな事を考えていたのが顔に出ていたんだろう、慧ちゃんは私の鼻を摘まんだ。

「俺は、あそこまでひどくない。・・・っつーか、俺間切らしたことないけど、だぶった事はないっ!」

・・・って胸を張られてもね・・・。

 慧ちゃんは、硬質な感じの美形なのです。

それは父親によく似ている。

慧ちゃんの父親は叔母様の夫ですが、サラリーマンで、やり手さんで、しかもツンデレさんなのです。

冷たい感じが前面に出てる人なのですが、実態は奥様にぞっこんで、耳がぴくぴく赤いのですよ。叔母様は、柔らかい感じの御祖母様似なんですが、意外とどんとこいタイプのおっかさんで、しかも結構大雑把。

その後始末を『まったくお前に任せると・・・。』と言いながら渋々やってる感がある叔父様ですが、嬉しそうなのです。

軍用の大型犬タイプなのですが、“ご主人様、好きぃー!”って見えない尻尾と耳が語ってる感じ。

・・・見るとご飯3杯はいける。

外見がクールな分、萌え度高し。

・・・慧ちゃん、貴方もああなるのでしょうか?

「何だよ、また勝手に想像してんな?」

文句言いながら、髪の毛を直してくれてるあたり、その傾向が強い模様。

「慧ちゃん、格好良くなってね。」

私の言葉に、

「お、う?」

疑問形で返す慧ちゃん。

・・・楽しみです。慧ちゃんの将来の姿、ではなく、そんな慧ちゃんが叔父様のように特定の人にデレる姿を拝める日が。

にっこり微笑みあう私たちは、きっと仲の良い従兄妹同士に見えているのでしょう。

周りの温度が何か生暖かい感じの空気です。


***


 

 ・・・ご飯~ごはん~・・

受け付けは一旦遅れてやってきた父親に投げて、休憩していいと言われた。

「慧ちゃん。お弁当は?」

朝も早くから着付けだの、準備だのと振り回され、せっかくの休日は午前6時起きだった。私は大抵休日は10時近くまで寝倒す方なのに。

「松花堂弁当。・・って、茶がない!」

羽織をバサッと脱ぎ捨てた慧ちゃんが、椅子に座った途端に叫んだ。

「買ってくるよ。バックの中のお財布とって。」

「え?・・あーうん。 いや、俺も一緒に行く。」

「いいよ?外まで出ないし。迷子になんないよ?」

「ちっげぇーよ。つか、今日お前一人にするなって言われてるし。ほらっ行くぞ。」

・・・なんだ、それ?

初耳です。誰に?

リンリン・・と髪に挿した簪から小さな鈴の音が響く。


 慧ちゃんのお茶への拘りはやたらと強く、結局お気に入りのお茶は1階の売店にしか置いてなかった。

「お前、指の股痛くない?」

「ううん。」

「俺、すっげぇ痛い。 皮向けてんじゃないかな・・・。」

「御祖母様の御稽古サボってるからだよ。」

御祖母様は、日舞の御師匠様もやっていて、小さい頃からそれも習わされている。着付けだって御茶だって習ったし、暁ちゃんだって出来るんだよ。

「俺は忙しいの。」

「デートで?」

「そー。 大事だろ、そこ。」

・・・どこ?

きょろきょろとする私の額をぺチンと叩く。地味に痛い。

「違うっての。 お前ほんと天然。」

・・・天然?

「そんなんだから、暁兄が過保護一直線なんだよ。」

・・・暁ちゃんでしたか、一人にするなって言ったの。

そう、暁ちゃんはやたらと過保護で、小さい頃からずっとつきっきりで私にくっついてた。

幼稚園の送り迎えに始まり、小学校の登下校、箸の持ち方や鉛筆の持ち方。

そう言えば、中学に上がってすぐお月様が始まった時でさえ、暁ちゃんは薬屋さんに走ってくれたんだった。

・・・わたしも大概、デス。

「まぁでも、あの人の場合、もうなんてゆーか突き抜けて病気?」

・・・認定、ですか。

「いっそ気持ちいいよね。あそこまで行くと。」

・・・身内のフォローもなし、ですか。

「俺は出来ないけど。」

・・・バッサリ否定ですね。

従兄妹の中では一番年上で普段は尊敬の念を向けられる暁ちゃんは、事私に関する事には病気扱い。

これも昔から。

 

 お茶買って、では改めてお弁当だと部屋に戻ろうとした時だった。

エレベーターを待つ私の腕が横に引かれた。

・・・ちょっ・・。

御稽古で着ているとはいえ、着なれない着物に草履で、思わずよろめく。

「透。」

反対の腕を掴んで、そのまま腰を抱き寄せてよろめいた私を引き寄せてくれた慧ちゃん。

「・・・。」

「手ぇ、離せ?」

無言の私と、ちょっと低い声になった慧ちゃんの声。

その二人の視線が向かった先、私の左側には、さっきの人が立っていた。

高そうなスーツ姿の、錦谷 時宗。

 

 この人って、慧ちゃんとまるで正反対、だね。

目の前に座る人を眺めながら、ぱくっと酢豚を口に入れる。

柔らかい雰囲気の茶の髪と、二キビ・肌荒れ何のこと?って感じの綺麗な肌。

くっきり二重で、ちょっと垂れっぽい瞳。

 慧ちゃんは純和風っぽい男の子だから。今の和服だってしっくりきちゃう感じの。

切れ長の瞳と厳しい光を放つ瞳。適度に日焼けした肌に、真っ黒い髪。

すっとしている印象は二人共に同じだけど、剛と柔。

・・・でも。


「新しい、彼女?随分今までと毛色が違うよね? 館林。」

薄く笑いながら言う声は、冷たい。

「さっき、受付にいたろ?声掛けてくれてもいいのに。同級生なんだし。」

カツン、とカップを置く。

「驚いたよ、すごく似合うんだね。」

そーゆーの、と言いながら。

「彼女、本命なの?」

その声。

聞いた事あるよ、つい最近。よく知ってる場所で。

そう、“彼女”のところで。

・・・あの人、この人か。

確かに慧ちゃんが言う様に、癖悪そう。

一通り腹に収めてしまった慧ちゃんは、箸を置いてお茶を口に含む。

 「何か用?錦谷。」

・・・うっわぁ~・・トリハダ。

久々来ましたよ。

慧ちゃんのタラシ声。

ぞわっと、そりゃもう全身に。

「見てたんなら解ると思うけど、俺たち忙しいからさ。やっと貰った昼休みを有効に使いたい訳。」

・・・おおぅ慧ちゃん。

「バイトか何か?」

はぁ、と慧ちゃんがため息をつく。

「だとして何かお前に関係がある? それより透。」

・・・およ?

「ん?」

傾げた首をそのままに、口元を指先で拭われる。

「ついてる、ソース。」

「う。 ありがとう。」

がっつきすぎたみたいです。今の慧ちゃん、暁ちゃんモード。

「彼女?」

私の箸を置かせ、手を取って席を立つ慧ちゃん。まるでエスコートみたい。

「いや、もっと上。失礼するよ、昼飯ありがとうな。」

・・・足らないよ。

手を取って指を絡めて歩き出す慧ちゃんの顔を見る。

「解ってるよ、喰わせてやるから。」

・・・ありがとう。

にっこり笑うと、ペンペンと頬を叩かれた。痛くないけど。

「・・・ったくだから一人にしておけないんだよ。」

・・・?


*** 



 慧ちゃんの言葉の意味は、はっきり言えばよく解らない。

でも、日常はあまり変わりのない毎日を運んでくる。


 校門に立つ風紀委員の彼女は、涼しそうな何気ない風を装いながらじっと見つめている人がいる。

彼は、大抵決まった時間に登校してくる。

それに気がついたのは、私が同じような時間に登校するからだが・・・いつものように登校していると、視線が泳ぐからだ。

真正面を向いて立って「おはようございます」なんて言っているのに、色が流れるからだ。暖色の温かそうな色が、正面から左へ、彼に寄り添うように流れてゆく。

返事を返す訳でもなく、彼は眠そうに欠伸を繰り返しながら校門を潜る。

振り返れないぎりぎりまで、彼女の視線は外れない。

そして・・・。

  「ヨースケ。っす。」

彼に声を掛けるものがいる。

同じクラスの友人だ。

「おう。寝みーな今日も。」

「お前いつもじゃん。」

「だって俺夜型だし?」

「何やって夜型なんよ? 遊び過ぎなんじゃねーの?」

「ばっか。 御勉強してんだろぅ?」

笑顔がいい、と評判の彼。

「笑かすぅ。 そうそう昨日さ・・・・ヨースケ?」

「お?あぁ、何?」

身体半分振り返るようにして友人と話していた彼が、友人の声すら聞こえないほどに見つめているもの。

振り返らない、彼女。

振り返れない、彼女。

・・・ふむ。

「先輩。」

掌の中にあるものをポケットにしまう。

「学章失くしたんですけど、買うまで免除して貰えますか?」

ちゃんと角度を確認して、真正面に。

彼女が振り返る。

私を見る。

そして真っ直ぐに私の後ろへ。

パァーっとピンクが咲いた。

・・・うを、すごい。

「うん・・じゃここに・・・学年と、名前・・・。」

差し出された名簿を彼女は見ない。視線は落ちない。私が間違いなく書いたか確認してない。

だって、彼女の視線は彼のもの。

そして多分半分振り返っている彼もこっちを見てる。

友人にばれないようにさりげない風を装いながら。

絡む視線は、化学反応を起こす。

その小さな爆発を、私は感じることが出来る。

背中が押されるような感触。

・・・奴に立った、かな?

歩き出す私の周りで、花火が上がる。


 変わりない日常の変わりない風景の中に、ただ一つだけ。

「おはよう。」

たった一つ、混じったモノ。

「おはようございます。」


 

 錦谷 時宗。


 


 


 

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