半色の虎
意味は無い、ただ書きたくなっただけ。
生まれ落ちたそのときには
もう、
生きていくすべを、
自分の種を、
僕は知っていた。
僕の種は白虎。と言っても色は文字通り白いわけでは無かった。
いや、通常は白であるのだが、
黒い耳に白の斑点が一つ、毛は銀とも金ともつかない色に黒い模様が入っていた。
目は右は空色、左は日向色だった。まるで、白虎と虎を足して半分で割ったような色。
半分だけの白虎。僕はそれを半色と呼んでいる。
白虎は母を持たない。父は…強いて言うなら《この世界》そのものだ。
だからなぜ自分だけがこのような姿で生まれ落ちたのか、DNA的な意味でその理由を持ち合わせていない。
初めて僕が自分という存在を認知したのは暗い闇の中だった。
その時僕はまだ肉体を持たず、ただ闇の中にふわふわと浮いていた。
そうしてその時が来たら文字どうり《落ちる》のだ。
空とは違うどこかから落ちて、地上に降り立ったその瞬間、僕は初めて生を得た。
白虎は命あるものを食べない。否、食べなくても生きていける。
ただ陽の光を浴びて自然とともに生きてゆく、寿命は種の結構長いほうで、
長いものでは龍と同じぐらいに生きることができる。
白虎を神の使者だとして崇める種もいる、ヒトという種だ。
白虎が、崇められるためだけに生まれるのかのか、そのほかの理由なのか、
理由なんてないのかそれはわからない。
だが、白虎は個体としての生きる意味を持たずに生きてそして死んでいく、
そのことに何ら疑問も持たずただ心穏やかに生きてやがて死ぬ。
自分もそうだと思っていた。
彼に、出会うまでは。
彼と出逢ったのは森の中だった。
彼の種はヒト。
そのヒト、彼はゆっくりと傍によって僕に触れた
「白虎……なのか?」
少しの驚きを見せたものの、あまりにも普通に訊ねられたので、僕は思わず「そうだ」と答えた。
「そうか」
そう言って彼はそのまま腰をおろし何かを食べ始めた。
「食うか?」
そういって彼は手にもった食糧らしきものをこちらに向けた。
「白虎は食わなくても生きていける」
「食えないわけじゃないんだろ?」
確かにそうだ、しかし食べなくてもよいものを食べる意味を僕は考え付かなかった。
だからといって食べる彼を残酷だとかは思わない。
ヒトが食べずに生きられないことを知ているし、そこまで他の命が尊いとは思わなかったから
…考えてみれば、
今まで生きてきた長い時間の中で一度も「食べてみたい」と思わなかったことはとても不思議である。
「そうだね」
僕が言うと
「なんか、不思議だな」
そう言って彼は小さく微笑んだ。
彼がどう思ってそんなことを言ったのか、その真意は分からなかった。
だが、彼がヒトとしては変だということは分かった
僕を見たヒトは、半色の僕を特別だと言ってよりいっそう崇めたてたり、
おかしいと言って嫌悪したりした。
しかし目の前の彼は違った。
平然と傍により食事をして僕が食べないことを不思議だと言って笑った。
それからというもの、彼と僕は行動を共にしていた。
彼が普段の生活に僕が付いていると言うだけだ、
しかし大きな獣の姿ではそれがなかなか難しく、僕はそのうちヒトの形をとるようになり、
耳としっぽとその色以外はほとんどヒトになったとき、
彼が残念そうな顔をして「もっふる…」とつぶやいた意味は僕には分からなかった。
「無くなったものは探さない」
あるとき、愛用のペンをなくした彼が言った。
愛用と言っても百円金一で買える、
ただ芯が7ミリと言うだけで何の変哲もないシャープペンシルだったが、
彼はこれが良いのだと繰り返し言った。
「無くなったものは探さない、どうせ何本も持っているものだし」
新しいペンをとりだしながら、何でもないことのように彼は言う。
「どうして」
それは疑問と言うより攻めに近かった。探せば見つかると思うし、それに、もったいないだろ。
口には出さなかったが彼には伝わったはずだ。
僕たちはお互い多くを語ることは無かったが、不思議とお互いが言いたいことはなんとなく分かった。
「つけあがるから」
そう彼がった時は一瞬何のことか分からなかったけれど、
「……ペンが、かい?」
迷いながらもそう言った僕に、かれは「そうだ」と答えた
「一度探せば探してもらえるものだと思い込む」
そしたらまた隠れてしまう。とでも言いたげだった。
いくら言いたいことが分かるからと言って、考えっていることが分かるわけではなかった。
いや…少なくとも僕は彼の考えることはよくわからなかった。
彼が単に擬人化して言い表しただけだったのか、あるいはそのペンが何らかの自我を持っているのか、
知りたいような気もしたが訊ねはしなかった。
きっとその答えは何かを得ると同時に、何かをなくす気がしたからだ。
自分が半色であることと、種が虎だということは彼にとっては何の意味も持たない。
それは、欠点で無いと同時に利点では無い、それは、傍に居る理由にはなり得ない、ということ。
考えてしまった、僕がいなくなったときも、彼は同じことを言うかということを、
僕を探すという選択が彼の中にあるかという確立を計算式を持ち得ないまま探し求めた。
必死に考えながらも思った。
きっと彼が僕を探すことは無いと、それはきっと悲しいことだと。
「何故か」と問われれば明確な答えを見つけることはできなかった、強いて言うなら「なぜか」だ。
結局、ペンはすぐに見つかった。
椅子の下にころがっていたそれを拾い上げた彼は、「ほら、見つかった」と言った。
まるで探さないことが最良であっただろうと、自分の判断は正しいと僕に言っているようだった。
ただ、そう言った彼の表情が笑みの形であったことが、
先ほどまで自分が考えていたことについての全てをよく、分からないものにしてしまった
……自分の思想は、探す・探さないの観点から離れ遥かかなたに飛んで行ってしまった。
彼は見つかってよかった……そう思ったのかな
言いたくて言えなかった、「ここにいてもいいのか」