表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄、結構です。ただし、私の杖を返してから言ってください  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第2話 あなたの杖を、十年使っています

黒い制服の男は、私の三歩手前で立ち止まった。


近くで見ると、思っていたより背が高かった。私のつむじが、ちょうど相手の鎖骨のあたりにくる。鎖骨の上のえりもとには、王立魔導騎士団第一隊の銀の徽章。隊長章だ。


「ハシェル工房の、ティルダ嬢」


低い声だった。砂利を踏むような、と書くと詩的すぎるから言わない。とにかく、ざらっとしていた。


「はい」


「そちらの王子殿下の杖剣の暴発の件、まことか」


ヴァルダー様が「な、なんだお前は!」と声を上げかけたが、男はそちらを見もしなかった。


私は少し考えた。考えてから、頷く。


「まことです。ただ正確には、必ず暴発するのではなく、暴発する確率がここ三ヶ月で八割を超えたという話です」


「八割」


「鞘から抜く動作の角度と、月光石の結晶軸の位置関係で、たまに八割が九割五分になります」


「九割五分」


男はもう一度繰り返した。それから、なんというか、表情がほとんど変わらないまま、ほんの少しだけ片方の眉を上げた。私はその眉の動きを観察した。観察してしまった。たぶんこの人は、表情筋が私よりさらに不器用だ。


「殿下。その杖剣をこちらへ。預からせていただく」


「お、お前ごときが王族の佩剣に……」


「魔導騎士団第一隊長、ヤコブ・ヴェルクハイム。爆発物の管理は当方の管轄です。ハシェル嬢の見立てに異論があれば後日王宮にて承りましょう」


冷たい敬語だった。冷たいというより、温度がない。ただ事実を積んでいるだけの言い方。フェリツァの目に、ほんの一瞬、私が初めて見るような色が走った。


それは、たぶん、計算の色だった。


ヴァルダー様は二度ほど唇を噛んでから、舌打ちをして佩剣を外した。鞘ごとヤコブ隊長の手に渡るとき、紫水晶のグリップが日の光を跳ね返して、私のローブの袖に小さな紫の点を作った。


「フェリツァ、行くぞ」


「は……はい、ヴァルダー様」


二人は背を向けた。背を向ける直前、フェリツァが私の方を一度だけ振り返った。瞳がうるんでいた。けれど唇は微かに笑っていた。器用な顔をする子だ、と私はもう一度思った。


中庭に、私とヤコブ隊長だけが残った。


銀木犀がもう一度、私たちの足元に散った。


「……ティルダ嬢」


「はい」


「お礼を、申し上げる」


私は、目を瞬いた。


「お礼?」


「あなたの杖剣がなければ、殿下は今ごろ手首から先を失っていた」


「ああ、いえ。それはどちらかというと自業自得の範疇で、私はただ商品の管理上申し上げた、というだけの話で……」


言いかけて、私は気づいた。ヤコブ隊長の腰に下がっている杖剣のことに。


正確には、さっきから気づいていた。気づいていたけれど、考えるのが少し怖かったから、たぶん意識から外していた。


「あの」


「はい」


「あなたが今お持ちのその杖。柄頭の樫の節の活かし方が、私の家の流儀そのものなのですが」


ヤコブ隊長は黙っていた。


「失礼ですが、どこで……」


「十年前」


「えっ」


「十年前です」


風が止んだ。


「俺が十五のとき、父が魔物に殺された。葬儀の三日後、ハシェル工房の前に座り込んでいたところで、八つくらいの少女が出てきて、これあげる、と言った」


「……」


「『たぶんあなたに合うと思う、なんとなく』と」


私の頭の中で、何かがゆっくりと、ゆっくりと、回転を始めた。


八歳の頃の私は、たしかに、父の工房にひっきりなしに出入りしていた。試作と称して芯材を勝手に削っていた。失敗作と呼ぶのも憚られる、ただの木と石と糸の塊を、ときどき外に持ち出して、近所の犬や猫や、たまに人間にも、押しつけていた覚えがある。誰かにあげたかもしれない。たくさんいすぎて、ひとりひとりは覚えていない。


「あなたの杖を」


ヤコブ隊長の声が、ほんのわずかに低くなった。


「十年、使っています」


私は、何か返事をしようとして、口を開けた。


開けた口から、何も出てこなかった。


胃のあたりが、また少し、重くなった。


たぶん、まだ昼を食べていないせいだ、と私は自分に言い聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ