扉の向こう側
ゾンビが現れた――。
最初にそのニュースを見た時、主人公の佐久間ユウは冗談だと思った。
発生源は北海道。
画面の中では、ヘリコプターから撮られた映像が流れていた。
道路には車が放置され、人が走り、そして――
ゆっくりと歩く、人ではないもの。
噛みつかれた人間が倒れ、数分後にまた立ち上がる。
その目は濁り、口元から血を垂らしていた。
「……映画だろ」
ユウはそう呟いた。
だが数日後。
感染は本州へ渡った。
テレビでは「感染者」という言葉が使われていたが、誰もが分かっていた。
ゾンビだ。
ニュースでは東京へ逃げてくる人々の映像が流れていた。
東北からの高速道路は渋滞。
駅は人で溢れ、泣き叫ぶ声が響いている。
『政府は外出を控えるよう――』
ユウはテレビを消した。
部屋は静まり返る。
カーテンの隙間から見える東京の街は、いつもと同じように見えた。
だが人影はほとんどない。
ユウは外に出られなかった。
もし外にゾンビがいたら?
もし噛まれたら?
考えるだけで足がすくむ。
コンビニに行くことすらできず、家にあるカップ麺で数日を過ごしていた。
その夜。
突然――
ドン!!
玄関の扉が激しく叩かれた。
ユウの体が凍りつく。
もう一度。
ドン!!ドン!!
「ひっ……」
呼吸が浅くなる。
テレビでは言っていた。
ゾンビは扉を叩く。
音に反応する。
もしそうなら――
ここにいることがバレた。
ユウは息を殺した。
叩く音は続く。
ドン!!ドン!!ドン!!
汗が背中を流れる。
そして。
「……た、助けて……」
かすれた声が扉の向こうから聞こえた。
ユウは目を見開いた。
女の声だった。
「お願い……開けて……」
人間?
それとも――
罠?
テレビでは言っていた。
噛まれてから発症するまで時間差がある。
つまり。
助けた人がゾンビになることもある。
ユウの手は震えていた。
開ければ助かるかもしれない。
開ければ死ぬかもしれない。
外から弱々しい声がした。
「寒い……」
沈黙。
ユウはゆっくりと玄関へ歩いた。
足音がやけに大きく聞こえる。
扉の前に立つ。
覗き穴を覗こうとしたが、怖くて目を近づけられない。
外の声はもう弱かった。
「……お願い……」
ユウはドアノブに手をかけた。
冷たい金属。
もしゾンビだったら。
もし噛まれたら。
もし――
ユウは目を閉じた。
そして。
カチャ。
鍵を外した。
ドアを開ける。
廊下には――
誰もいなかった。
「……え?」
その瞬間。
背後で、声がした。
「みーつけた」
振り返る。
ユウのすぐ後ろに、口を裂けるほど開いたそれが立っていた。
腐った歯が、目の前に迫る。
次の瞬間。
ユウの悲鳴は、誰にも聞かれることはなかった。




