2-1 香水献上イベント
香奏院最大の行事――香水献上イベント。
学園中が香りに包まれ、ステージも中庭もライトアップされている。
学生たちはペアを組み、それぞれが調香師に献上する“特別な香水”を作る。
……とはいえ、これは神聖な「香水結び」とはまったくの別物。
どちらかというと、香りの学園祭+少しの見せ場といった感じだった。
「まだ転生して数日なのに、なんで俺まで参加なんだよぉ……!」
逃げようとしても、ローズマリーに「参加義務だ」と一蹴され、
気づけば“お試し香水体験ツアー”の目玉役としてステージに引きずり出されていた。
「……これ絶対に罰ゲームだろ」
そんなことを呟く間もなく、アナウンスが響く。
『まずは――ジャスミンのステージです!』
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ジャスミンのステージ
白いカーテンが風に揺れ、舞台の中央にジャスミンが立っていた。
ライトを浴びて微笑む姿はまるでスター。観客席から歓声が上がる。
「ようこそ、私の香りの庭へ」
軽やかに手を差し出す。
花びらが舞い、甘い香りが空気を包んだ。
「香りを混ぜるには、心拍数を合わせるのが大事なの。だから――近づいて」
ぐいっと腕を取られる。距離ゼロ。
息がかかるほど近い。観客席から“きゃーっ”と悲鳴が飛ぶ。
「お、お前ほんと距離感って言葉知らねぇよな!?」
「知ってるわ。でも、イベントでは“近さこそ魅せ場”なの」
完全にステージ女優モードだ。
ふわっと髪を撫でられるたび、香水の甘さが濃くなる。
「あなたのミント、まっすぐで爽やかね。
でも、それだけじゃ香りは完成しないの。少し“誘惑”を混ぜてみましょう」
指先が頬をなぞり、花の香りがふわりと舞う。
観客席が再び沸く。これはもう恋愛ショーだった。
「あなたと混ざる香り、私にとって“安心”の香りよ」
そう言ってウィンクされ、俺は完全に言葉を失った。
(……これ、どう見ても教育指導ギリギリだろ)
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オレンジの風呂ブース
次に案内されたのは、なぜか風呂。
木の浴槽に湯気、そしてふわりと香る柑橘。
完全に温泉テーマパークの趣だった。
「“柑橘系の香り”ってさ、湯気で立たせるのが一番なんだよ。常識だよ常識」
タオルを肩に掛けたオレンが、のんびり手招きしてくる。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、ここは静かで落ち着いていた。
「いやいやいや、そんな常識知らねぇよ!? なんで風呂があるんだよ!」
「お前、頭で考えすぎ。ほら、肩の力抜けよ」
湯気の中で、柑橘とミントが混ざり合い、優しく香りが満ちていく。
その空気に包まれると、不思議と呼吸が整った。
「頼りがいがあるって言われるけどさ、俺も完璧じゃないんだよ」
湯気越しの横顔は、いつもよりずっと静かだった。
「お前の香り、安心するな。焦ってたのがバカらしくなる」
ぼそっと漏れたその言葉に、胸がきゅっとなった。
(……今の、わりと本音だったよな)
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ラベンダーの安眠ブース
次の部屋は、やけに静かで、薄暗い。
ラベンダーは机に突っ伏して寝ていた。
部屋いっぱいにハーブの香りが漂い、穏やかであたたかい空気に満たされている。
「……おい、ラベンダー。もう始まってるぞ?」
「……これが僕の生成法……寝るの」
「いや寝るなよ!!」
幸せそうな寝顔を見ていたら、怒る気も失せてきた。
香料を混ぜながら、俺の緊張も少しずつ解けていく。
静かな空気と香りに包まれて、心地よさが身体に染みる。
気づけばラベンダーの頭が、俺の肩に寄りかかっていた。
「……いい香り、スペア。おやすみ……」
静かな時間が流れる。
紫がかった香水が瓶の中でゆっくりと光り、
それを察知したラベンダーが目を開けて笑った。
「完成……したんだね。君といると、眠りが深くなる気がする」
(……それ、褒め言葉だよな?)
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ゼラニウムの美意識ブース
最後のブースは、一面の薔薇の花びら。
真紅の世界にゼラニウムが立っていた。
「香水生成は“美の表現”だ。美は形にしてこそ意味がある」
そう言って彼はボディクリームを取り出し、
俺の腕を取り、手首に塗り込むように香りを馴染ませてくる。
「君の香り、まっすぐだ。混ぜても濁らない。……美しい香りだな」
不意に、胸の奥がくすぐったくなる。
ゼラニウムはわずかに頬を染め、
薔薇の花びらを一枚、俺の掌にそっと乗せた。
「美とは、互いを引き立て合うことだ。覚えておけ」
(……言ってることはかっこいいのに、なんか照れる)
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終演後。
すべてのブースを回り終えたころには、
服も髪も、いろんな香りでいっぱいだった。
「……なんだこの状態、香水の見本市かよ」
けれど、どの香りも不思議と嫌じゃない。
笑って、ツッコんで、心が少しずつほぐれていった。
(最初はただのゲームイベントのはずだったのにな……)
花のような誘惑、太陽のようなぬくもり、
眠りのような安らぎ、薔薇のような誇り。
それぞれの香りが、俺の中にそっと残っている。
「……ほんと、変なやつばっかだな」
そう呟いて夜風に当たると、
あの“変なやつら”の香りが混ざった空気が、
なぜかやけに心地よく感じられた。




