表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/83

6-6

 事件のあと、香奏院は静かな夜を取り戻していた。

 吹き抜けを渡る風はやわらかく、灯りは低く落とされ、

 長い戦いの終わりを祝うように――穏やかな香りが漂っている。


 


 オレンとスペアは、寮の部屋で並んで座っていた。

 机の上には、温かなオレンジティーと、ふたりで焼いたケーキ。

 香ばしいシトラスと甘いバニラの香りがゆっくりと重なり合う。


 


 「……やっと落ち着いたな」

 オレンがティーカップを傾けながら呟く。


 「うん。……あれから、ようやく息ができる感じ」

 スペアは小さく笑い、湯気の向こうからオレンを見た。


 


 「なあ、スペア。……香りって、不思議だな」


 「また急に、真面目モード?」


 「誰かと混ざると、強くなる。

  けど、混ざりすぎると、壊れる。

  ……それでも、お前とだけは混ざりたいって思うんだ」


 


 「……なにそれ」

 スペアはまばたきを忘れたまま、息を呑む。

 頬の熱を誤魔化すように、少しだけ目を逸らした。


 「おい……それ、プログラミングされた台詞じゃないだろうな?」



 オレンが吹き出す。

 「ははっ、何それ。“攻略対象の自覚”でもあるのか?」


 「いや、だって……そんな完璧なこと、素で言える奴いないだろ……!」


 「俺は言うけど?」



 「……はあ。ほんと、ずるい奴」


 


 オレンが立ち上がり、ランプをひとつ消す。

 部屋が薄暗くなり、残った光が二人の影を重ねた。


 「……もう一度、やろうか」

 「……え?」


 「香水結び。

  今度はちゃんと、お互いの香りで――ひとつになって確かめたい」


 


 スペアは息を飲む。

 心の奥がじんわりと熱を帯びていく。

 「……言葉選びが反則なんだよ、ほんと。

  ……でも、うん。俺も、そうしたい」


 


 オレンがスペアの手を取り、その指先にそっと唇を落とした。

 触れた瞬間、空気が微かに震える。

 柑橘の爽やかさと、ミントの清らかさが重なり合い、

 ふたりの間に光の粒が生まれた。


 


 「スペアの香り、やっぱり好きだ」

 「……またそうやって言う」

 「だって本当のことだ」

 「……知らない。もう勝手にしろ」


 


 香気がゆっくりと絡み合い、

 ふたりの身体を淡い光が包む。

 指先、唇、心――すべてがひとつの調香のように溶け合っていく。


 


 オレンが小さく息を吐きながら囁く。

 「……もう離さない。

  俺は、お前の清涼感と共に生きていきたい」


 


 スペアはその胸に顔を寄せ、

 小さく笑って囁いた。

 「ほんと……どこまで本気なんだか。

  でも、そういうとこ……嫌いじゃないよ」


 


 オレンの手が、そっとスペアの背を抱き寄せる。

 ふたりの呼吸が重なり、夜が静かに香りを満たしていった。


 


 ――香奏院に、新しい朝が来る。

 もう封じる者も、奪う者もいない。

 ただ、香りが混ざり、生まれ、また巡っていく。


 


 そして、その始まりに立つのは――

 オレンとスペア、ふたりの香り。


 


 「……おやすみ、スペア」

 「……おやすみ。もう寝かせろ、バカ」


 


 そっと目を閉じると、

 空気の中に残るのは、

 世界でいちばん優しい混ざり香だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ