6-5
「……で、なんでこうなるんだ俺!」
昼下がりの香術教室。
授業が終わった直後、スペアは机に押し付けられるような勢いで追い詰められていた。
相手は――ムスク、ネロリ、アンバー。
「だってさぁ、スペア。
お前、俺らをいい香りって言ったじゃん?」
ムスクが甘ったるい声で囁く。
「ならさ――次は、俺と混ざって確かめようぜ? 本物の香りを」
「お、お前なぁ!? それは“褒め言葉”で言っただけだってば!」
スペアが慌てて机を背にじり下がる。
すかさず、ネロリが眼鏡を押し上げて言った。
「理屈の上でも、香水結びはお互いの香りの純度を確かめる最善の方法だよ。
――僕がデータを取ってあげようか?」
「データ取る気満々かよ!!」
アンバーが微笑みながら前に出る。
「まぁまぁ、そんな怖がらなくてもいいさ。
香りを交わすことで新しい自分に出会えるかもよ?
ねぇ、君の香り、今とても甘くなってる」
「だから怖ぇって言ってんだよ!!」
スペアは教室の扉を勢いよく開け、逃げ出した。
――全力疾走。
廊下を駆け抜け、階段を飛び越え、自室の扉を開け放つ。
「オレェェェン!!!」
キッチンで鍋をかき混ぜていたオレンが振り返る。
「……え、なに? 火事? 穢香? どした!?」
「違う! 三人が! 俺に香水結びさせようとしてくる!!」
「……は?」
次の瞬間、廊下の向こうからムスクたちの声が近づく。
「スペア~、逃げんなって~!」(ムスク)
「統計的に言って、抵抗するほど混香率が上がるんだよ」(ネロリ)
「いいじゃないか、少しくらい。減るもんじゃないし」(アンバー)
「お前ら、俺が断れないと思って、迫ってくるなぁぁ!」
スペアは慌ててオレンの背に隠れる。
「庇って! オレン! 今だけでいいから、香りの盾になって!!」
「……あーもう!」
オレンは両手に持っていた鍋のフタとお玉を構えた。
「来るなら来い! この部屋は俺の結界だ!!」
「いや、それただのキッチン用具だろ!」
スペアが思わず突っ込むが、オレンの目は本気だった。
ムスクがドアの隙間から顔を出す。
「おーおー、愛の巣に立て籠もるとはやるじゃん? お前も混ざっ――」
「黙れ変態!!」
オレンが鍋のフタで即カウンター。ガンッ!という音が響いた。
続いてネロリが眉をひそめながら現れる。
「……オレン、相変わらず乱暴だね。血は争えない」
「兄貴と言えど、スペアは譲れねぇ!」
オレンがお玉を構えて宣言する。
「これ以上近づいたら、鍋の具材にするからな!」
「物理攻撃やめろって!」とスペアが慌てて引っ張るが、
その背に隠れながら、ちょっとだけ笑ってしまう。
最後に、アンバーが扉の向こうから穏やかに笑った。
「ふふ、やっぱり混ざる香りって、見てるだけでも温かいね。
……じゃあ今日は、遠くから香るだけにしておこうか」
「それでいい!! 全員それでいいから!!」
スペアが即答すると、ムスクが苦笑いしながら肩を竦めた。
「ま、今回は引いとくよ。
でもそのうち、香水結びはしてもらうからな、スペア?」
ネロリも眼鏡を直しつつ、
「データはいつでも取れるから、安心して」とさらっと怖いことを言い残す。
アンバーは柔らかく手を振り、
「また明日香術教室で会おうね」と言いながら扉を閉めた。
静寂が戻る。
オレンがふうっと息を吐き、鍋の火を弱める。
「……ったく、あいつら全員クセ強すぎだろ」
「うん……でも、悪い人たちじゃないんだ」
スペアが小さく笑う。
「知ってる。でも、お前は俺の相方だろ。
兄貴にも――誰にも、渡さねぇからな」
そう言って、オレンはスペアの頭をぽんと撫でた。
スペアは顔を赤らめながら、湯気立つ鍋の香りを吸い込む。
ミントと柑橘、そしてスープの温かい香りが混ざり合い、
部屋いっぱいに広がっていった。




