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――白い光が消えたとき、そこは静かな庭だった。
淡い陽が降り注ぎ、琥珀色の花々が風に揺れている。
けれど、どこか不自然だ。風の流れが同じ周期で繰り返され、
鳥の声さえも、まるで録音されたように均一だった。
「……ここが、南頁か」
ペッパーが周囲を見回しながら呟く。
「穏やかすぎる……香りも、甘くて、濃い」
ジャスミンが眉を寄せる。
その瞳の奥に、一瞬だけ過去の影がよぎった。
スペアが前に出て、風を吸い込む。
「……アンバーだな、この香り」
温かいはずの香気が、どこか湿っている。
懐かしい記憶をなぞるようで――気づけば胸が締め付けられる。
「懐かしい、だろう?」
やさしい声が降った。
振り向くと、花の中に立っていた。
薄金の髪を揺らし、穏やかに笑う男。
「アンバー……」
ジャスミンの唇から漏れたその名が、
風に溶けるように広がった。
「また会えて嬉しいよ、ジャスミン。
そして……スペアミント。噂は聞いている」
アンバーは一歩、花の上を歩いた。
踏みしめる音はしない。まるで、彼自身が幻であるかのように。
「僕は争う気はないんだ。
ただ、君たちを“楽に”してあげたいだけ」
その瞬間、空気が変わった。
甘い香気がふわりと流れ、
スペアの意識が一瞬、霞んだ。
――懐かしい声がする。
優しい手が髪を撫でる。
昔の香り、昔の笑顔。
「っ……だめだ、これ……!」
ペッパーが前に出て、鼻先で焦げるような香気を弾かせる。
「幻香だ。感情を再現して、心を縛る気だ!」
だが、ラベンダーが息を詰まらせる。
「……これ、眠りの香りに近い……意識が……」
ゼラニウムも膝をつき、苦しげに息を吐いた。
「優しいのに……重い……抜けられない……!」
アンバーが手を差し伸べる。
「痛みから逃げてもいいんだ。
混ざるのは怖いことだろう?
ここなら、誰も君を傷つけない。
君たちの香りは、“永遠に美しいまま”になる」
スペアが歯を食いしばり、香気を反転させる。
「俺は……そんな香り、いらねぇよ!」
ミントの香りが風を切り裂き、
幻の花々が一瞬だけ揺らいだ。
「ほう……“共鳴の核”は、やはり特別だね」
アンバーの瞳がわずかに細められる。
「ヴァイオラが言っていた。君を奪えば、ノートは完成する」
ペッパーがスペアの前に立ち、短く息を整える。
「油断するな。あいつは力じゃなく“優しさ”で縛ってくる」
アンバーの声は、静かな波のように広がる。
「優しさで縛る? 違うよ。
僕はただ――君たちが、もう苦しまずに済むようにしているだけさ」
その笑顔の奥には、かすかな悲哀があった。
それは“信念”ではなく、“諦め”に近い。
「……アンバー」
ジャスミンが歩み出る。
「あなたは、変わったようで、変わっていないのね」
「変わったのは君だよ、ジャスミン。
“混ざること”を選んだ――それが、痛みの始まりだ」
ジャスミンは首を振る。
「違うわ。混ざることは、壊れることじゃない。
香りが混ざるから、あたたかくなるの。
あの日のあなたの言葉は、私を眠らせただけ」
アンバーの表情が、かすかに揺れた。
それは、まるで何かを“思い出しかけている”ようでもあった。
スペアが隣に立つ。
「……お前が本当に優しいなら、
他人の香りを奪って閉じ込めるなんてしねぇはずだろ」
アンバーが静かに目を閉じる。
そして――微笑んだ。
「やっぱり、混ざるって痛いね。
君の言葉は、まるで刃みたいだ」
空気が震えた。
琥珀色の香気が、一瞬で庭全体を包み込む。
花々が咲き乱れ、空が歪む。
「――じゃあ、確かめようか。
“混ざる痛み”が、どれほどのものかを」
アンバーの声が低く響く。
甘く危険な香りの嵐が、スペアたちを呑み込んだ。




