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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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5-5

 ――白い光が消えたとき、そこは静かな庭だった。


 淡い陽が降り注ぎ、琥珀色の花々が風に揺れている。

 けれど、どこか不自然だ。風の流れが同じ周期で繰り返され、

 鳥の声さえも、まるで録音されたように均一だった。


 


「……ここが、南頁(ミエル・ノート)か」

 ペッパーが周囲を見回しながら呟く。


「穏やかすぎる……香りも、甘くて、濃い」

 ジャスミンが眉を寄せる。

 その瞳の奥に、一瞬だけ過去の影がよぎった。


 


 スペアが前に出て、風を吸い込む。

 「……アンバーだな、この香り」


 温かいはずの香気が、どこか湿っている。

 懐かしい記憶をなぞるようで――気づけば胸が締め付けられる。


 


「懐かしい、だろう?」


 やさしい声が降った。

 振り向くと、花の中に立っていた。

 薄金の髪を揺らし、穏やかに笑う男。


 


「アンバー……」

 ジャスミンの唇から漏れたその名が、

 風に溶けるように広がった。


 


「また会えて嬉しいよ、ジャスミン。

 そして……スペアミント。噂は聞いている」


 アンバーは一歩、花の上を歩いた。

 踏みしめる音はしない。まるで、彼自身が幻であるかのように。


 


「僕は争う気はないんだ。

 ただ、君たちを“楽に”してあげたいだけ」


 


 その瞬間、空気が変わった。

 甘い香気がふわりと流れ、

 スペアの意識が一瞬、霞んだ。


 ――懐かしい声がする。

 優しい手が髪を撫でる。

 昔の香り、昔の笑顔。


 


「っ……だめだ、これ……!」

 ペッパーが前に出て、鼻先で焦げるような香気を弾かせる。

 「幻香だ。感情を再現して、心を縛る気だ!」


 


 だが、ラベンダーが息を詰まらせる。

 「……これ、眠りの香りに近い……意識が……」


 ゼラニウムも膝をつき、苦しげに息を吐いた。

 「優しいのに……重い……抜けられない……!」


 


 アンバーが手を差し伸べる。

 「痛みから逃げてもいいんだ。

  混ざるのは怖いことだろう?

  ここなら、誰も君を傷つけない。

  君たちの香りは、“永遠に美しいまま”になる」


 


 スペアが歯を食いしばり、香気を反転させる。

 「俺は……そんな香り、いらねぇよ!」


 ミントの香りが風を切り裂き、

 幻の花々が一瞬だけ揺らいだ。


 


「ほう……“共鳴の核”は、やはり特別だね」

 アンバーの瞳がわずかに細められる。

 「ヴァイオラが言っていた。君を奪えば、ノートは完成する」


 


 ペッパーがスペアの前に立ち、短く息を整える。

 「油断するな。あいつは力じゃなく“優しさ”で縛ってくる」


 


 アンバーの声は、静かな波のように広がる。

 「優しさで縛る? 違うよ。

  僕はただ――君たちが、もう苦しまずに済むようにしているだけさ」


 


 その笑顔の奥には、かすかな悲哀があった。

 それは“信念”ではなく、“諦め”に近い。


 


「……アンバー」

 ジャスミンが歩み出る。

 「あなたは、変わったようで、変わっていないのね」


 


「変わったのは君だよ、ジャスミン。

 “混ざること”を選んだ――それが、痛みの始まりだ」


 


 ジャスミンは首を振る。

 「違うわ。混ざることは、壊れることじゃない。

  香りが混ざるから、あたたかくなるの。

  あの日のあなたの言葉は、私を眠らせただけ」


 


 アンバーの表情が、かすかに揺れた。

 それは、まるで何かを“思い出しかけている”ようでもあった。


 


 スペアが隣に立つ。

 「……お前が本当に優しいなら、

  他人の香りを奪って閉じ込めるなんてしねぇはずだろ」


 


 アンバーが静かに目を閉じる。

 そして――微笑んだ。


「やっぱり、混ざるって痛いね。

 君の言葉は、まるで刃みたいだ」


 


 空気が震えた。

 琥珀色の香気が、一瞬で庭全体を包み込む。

 花々が咲き乱れ、空が歪む。


 


「――じゃあ、確かめようか。

 “混ざる痛み”が、どれほどのものかを」


 


 アンバーの声が低く響く。

 甘く危険な香りの嵐が、スペアたちを呑み込んだ。


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