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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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5-4

 転送の光が収まると同時に、鼻腔を刺すような冷香が走った。

 白い花弁が雪のように舞う。

 だが、その美しさはどこか人工的で――まるで命のない花の香りだった。


 


「……ここが、西頁(セピア・ノート)……」

 スペアが息を呑む。


 周囲には、精緻に組まれた香陣が浮かび上がり、

 無数のデータ片が香気粒子となって空中を漂っていた。


 


「これ……香りを記録するための装置?」

 ジャスミンが眉を寄せる。


「うん。再構築用の香り構造式。

 精油を分解して、再現可能な“人工香”に変換する仕組みだ」

 ペッパーが答えた。


 


 そのとき――空気がひときわ冷たくなる。

 白い花弁の中から、足音がひとつ。


 


「ようこそ、香奏院の皆さん」


 


 姿を現したのは、白橙の花を胸に飾る青年――ネロリだった。

 白銀の髪、氷のような瞳。

 彼の周囲に漂う香りは、静謐でありながら圧倒的に無機質。


 


「ネロリ……!」

 オレンが前に出る。


「兄さん、じゃなかった……お前、まだノートに……」


 


「“まだ”じゃない。もう、戻れないんだよ」

 ネロリの声は澄んでいた。

 「混ざることでしか存在できない君たちとは違う。

 僕は、一つで完結する香りを選んだ」


 


「完結なんかしてねぇだろ!」

 オレンが叫ぶ。

 「その香り、もう温もりがねぇ!」


 


 ネロリの指が軽く弾かれる。

 空間がひび割れ、香気の刃が無数に走った。

 冷たく、鋭く、感情の欠片もない攻撃。


 


「下がれ、オレン!」

 ペッパーが咄嗟に前へ。

 黒胡椒の香りが弾け、衝突の音が空間を震わせる。


 ラベンダーの香気が波のように広がり、衝撃をやわらげた。

 「眠りの香気、拡散……抑制する……」

 その声は穏やかだったが、額には汗が滲む。


 


「ラベンダー、無理すんな!」

 ゼラニウムが鏡を掲げ、反射陣を展開。

 「美は攻撃にもなる――“光華反射(こうかはんしゃ)”!」


 香気の閃光が弾け、ネロリの攻撃を打ち返す。

 白と黒、二つの香りが交錯し、空間に火花のような香波が散った。


 


 だがネロリは微動だにしない。

 「無駄だ。君たちの香りは混ざる前提で作られている。

 僕の香りは独立を理想として構築されている。干渉できない」


 


 スペアが歯を食いしばる。

 「孤立って……それ、生きてるって言えるのかよ!」


「命なんて、曖昧なものさ。

 僕が欲しいのは、変わらない形だ」


 ネロリの香気が強まる。

 周囲の空気が凍りつくように固まり、香陣が円を描く。


 


「スペアミント――君の香りは、“共鳴”の核だ。

 ノートの人工香を完成させるために必要な要素。

 ――だから、奪わせてもらう」


 


 次の瞬間、空気が砕けた。

 ネロリの香りが刃のように伸び、スペアを包み込もうとする。


「させるかっ!」

 オレンが割って入った。

 橙の香りが広がり、ミントの風と重なって白橙を押し返す。


 


「……オレン」

 ネロリの瞳が揺れる。


「どうして、まだ“混ざろう”とする?

 お前の香りはもう、壊れているだろ」


 


「壊れてねぇよ!」

 オレンの声が響く。

 「お前がいなくなっても、みんなと混ざって笑って、泣いて……

 それで香りは続いてるんだ!」


 


 ネロリが息を飲む。

 その瞬間、オレンの香気が爆ぜた。

 オレンジとミント、黒胡椒とラベンダー、

 いくつもの香りが重なり、柔らかく輝く蒸気を生んだ。


 


 ――混ざるのではない。響き合う。


 


 ネロリの周囲の白香が崩れ落ち、

 わずかに“温かい橙”の光が彼の胸元に残る。


 


「……こんな香り、久しく感じなかった」

 ネロリが微笑む。

 「やっぱり……君は太陽みたいだな、オレン」


 


 だがその時――

 空間の中心に、紫の裂け目が走った。


 ヴァイオラの声が響く。

 「干渉が強すぎる。――ネロリ、記録を優先しなさい」


 


「っ、ヴァイオラ……!」

 スペアが振り向くが、見えない力が香りを掴む。

 オレンの身体が光に包まれ、引きずられていく。


 


「オレン!!」

 スペアが手を伸ばす。


 だが――ネロリがその腕を掴み、笑った。

 「僕の香りは……一つで完結する。でも、最後くらい――混ざっても、いいかもな」


 


 次の瞬間、ネロリの身体が光の中へ飛び込む。

 オレンを突き飛ばし、代わりに裂け目に飲み込まれた。


 


「ネロリ――ッ!!」


 オレンの叫びが響く。

 白橙の花弁が散り、彼の香りが空へと昇っていく。


 


 穏やかな、柑橘と花の香り。

 それは、冷たい人工香ではなく――

 人の心を残した、最後の“生きた香り”だった。


 


 オレンは膝をつき、拳を握った。

 「……兄貴。今度こそ、混ざれたな」


 


 ペッパーが肩に手を置き、スペアが静かに頷く。

 「……行こう、次の頁へ。

 あいつの香りが、まだ先を指してる」


 


 ラベンダーが目を閉じ、淡い光の糸を結ぶ。

 「南頁――反応あり。……きっと、次はアンバーだね」


 


 ゼラニウムが鏡を閉じ、静かに呟いた。

 「白橙の香り、ちゃんと記憶しておくよ」


 


 転送陣が再び光を放つ。

 オレンは振り返らずに、一歩前へ進んだ。


 


「行こう。次は――南頁だ」


 


 その声に応えるように、

 西頁の花弁が音もなく散り、温かな風が吹き抜けた。


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