5-3
白頁の光が静まり、霧が薄れていく。
そこには、穏やかに香る残滓――ムスクの甘い記憶だけが漂っていた。
スペアはその香りを吸い込み、静かに目を閉じた。
(……ムスクの香り、痛かったけど、最後は優しかったな)
「スペア、これを見ろ」
ペッパーが指さした先。
白い床に、光る紋様が浮かび上がっていた。
四方へ伸びる香陣の線。
中央の“白頁”を囲むように、東西南北へと分岐している。
「……これは?」
「ノートの構造式だ」
ペッパーが低く言う。
「ヴァイオラは香奏院の結界構造を真似て、“香りの座標”を四つの頁に分けたんだ」
ジャスミンが目を細める。
「つまり、封じられた精油たちはそれぞれの頁に囚われているということね」
ジンジャーの通信がノイズを走らせながら入った。
『……聞こえる? 白頁の座標から、四方向に共鳴値が出てる。
東・西・南・北――それぞれ別の精油反応。』
「東は……もう終わった」
スペアが小さく呟く。
「ムスクの香りが消えたから、次は――」
ペッパーが顔を上げた。
「西頁だ。
香気波形からして、ネロリだな」
オレンの表情が一瞬だけ曇る。
「……あいつが、いるのか」
ラベンダーが心配そうにオレンの袖を引く。
「オレン……ネロリって、君の……?」
「血縁だ。兄貴みたいな存在だった」
オレンの声がかすかに震える。
「でも、ノートの人工香になってから、もう精油の香りじゃなくなった」
スペアがオレンの肩を軽く叩いた。
「……なら、取り戻そう。混ざるのが怖いって奴ばっかだけど、
それでも香りを信じるのが、俺たち異香班だろ?」
ペッパーが微笑む。
「まったく。お前は本当に、雑草みたいな男だな」
「雑草っていうか、勢いだけだろ……」
ジャスミンが苦笑しながら髪を束ねた。
「でも、嫌いじゃないわ。その無鉄砲さ」
転送陣の光が再び輝く。
それぞれの香りが絡み合い、次なる頁への道を開く。
「次は――西頁。
ネロリを止める。
そして、奪われた香りを取り戻す」
スペアが深く息を吸い込み、ミントの風を纏った。
「行こう。戦いはまだ、終わってない」
光が弾ける。
六人の姿は再び白頁から離れ、次なる香りの層へと消えた。
その後、白頁の奥で、ムスクの残り香がひとつの形を取る。
淡い光となって、彼らの進む方向――“西”を指し示していた。
――香りは導く。
失われたものを、再び出会わせるために。




