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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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1-6

 昼休み。

 講義も訓練もない、貴重な静寂の時間。

 ようやく落ち着いて飯が食える――そう思って、購買のサンドウィッチを片手に中庭へ出た。


 


 香奏院の中庭は、いつ来ても温室みたいに香りが満ちている。

 薔薇、ラベンダー、柑橘……いくつもの香が重なり、光と混ざり合う。

 風に揺れる葉の音さえ、どこか甘い。


 


 ベンチに腰を下ろし、包み紙を開く。

 ようやく一口目に手を伸ばした――その瞬間。


 


「おや、珍しいじゃないか。こんなところで君に会うとは。」


 


 視線を上げると、陽光の中で艶めく赤。

 優雅に片肘をついて寝そべっている青年――ゼラニウムだった。


 薔薇のブローチを胸元に、風に揺れる赤髪。

 その立ち姿一つで“俺が主役だ”と語っている。


 


「……なにしてんの?」


 


「見ての通り、光合成だよ。

 美しさを維持するには、日光と――愛が必要なんだ。」


 


 日光と、愛。

 完全に自分の世界に生きてるな、こいつ。


 


「聞きたまえ、スペア。

 私は香奏院が誇る“完璧なる香り”の精油だ。

 戦闘能力、芸術的センス、そしてこの外見。どれをとっても非の打ちどころがない。」


 


「……へぇ。」


 


「ほう、素晴らしいリアクションだ。君は理解が早い。」


 


 いや、理解してない。

 ただサンドウィッチ食ってるだけだ。

 でも彼は、俺の無反応すら称賛として受け取っていた。


 


「かつて私の香りに惚れたラベンダーがな、『隣にいると眠くなる』と言ったのだ。

 あれは誤魔化しだよ。私の香りが心を安らげたのだと、そう言いたかったに違いない。」


 


「……なるほど。(眠くなっただけだろ)」


 


「さらに言えば、オレンジなどは『近くにいると元気になる』と言った。

 だがそれも当然だ。太陽のような私が照らしているのだから!」


 


「うんうん。(確かにうるさいタイプの太陽だな)」


 


「だが、ローズマリーには『自分の影を見せつけるような男』と言われた。

 あれは嫉妬だ。あの冷静な彼でさえ、私の輝きに怯えたのだ!」


 


「そっか……。(完全に呆れられてるだけだろ)」


 


 延々と続く自慢の嵐。

 サンドウィッチを咀嚼しながら、俺は魂を半分くらい飛ばして聞いていた。

 たぶん今のところ、ゼラニウムの一人語り耐久時間、最長記録更新だ。


 


「――というわけで、私は完璧だ。」


 


「そうなんだ。(長かった……)」


 


 ようやく食べ終え、立ち上がろうとしたその時――。


 


「……君はすごいな、スペア。」


「え?」


 


「みんな途中で私の話を置いて去っていくのに……君は最後まで聞いてくれた。

 それだけで、私の香りを理解してくれた気がする!」


 


「いや、あの、聞いてたっていうか……食ってただけで……」


 


 だが、彼には届いていない。

 ゼラニウムのテンションは、すでに最高潮だった。


 


「決めた! 君と香水結びをしたい!

 この美と調和を、世界に示すんだ!」


 


「えっ!? いやいやいや、ちょっと待て! 俺まだ心の準備が――!」


 


「遠慮はいらない! これは運命だ!」


 


 そう言って、ゼラニウムは懐から薔薇を一輪取り出した。

 真紅の花弁が風に揺れ、香りが空気を染めていく。


 


「私の香りの象徴を君に捧げよう。受け取ってくれ、スペア!」


 


 薔薇を差し出され、俺は完全に固まった。

 これは……まさか、恋愛イベントのフラグか?

 いや、違うだろ。違ってくれ。頼むから。


 


「……とりあえず、ありがと。」


 


「ふふ、その“とりあえず”が甘美だね。

 君の曖昧さ、嫌いじゃないよ。」


 


 ――なぜだ。

 ただ昼飯を食べたかっただけなのに、気づけばロマンチックな空気になっている。

 薔薇の香りが甘くて、逃げ道が見えない。


 


(……どうか、誰もこの現場を見ていませんように。)


 


 そう心の中で祈りながら、俺はそっとため息をついた。

 空に舞う薔薇の花びらが、やけにドラマチックに見えた。


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