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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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4-6

 夜の香奏院は、昼の喧噪が嘘みたいに静かだった。

 香気灯の光がゆるやかに揺れ、訓練場の床に円形の香陣を描き出す。


 


「……全員、位置につけ」

 ペッパーの声が落ちる。


 俺たちは定められた位置に立つ。

 スペアが中心、周囲をオレン・ジャスミン・ラベンダー・ゼラニウムが囲む。

 蒸気のような光が漂い、香気の波が互いを撫でる。


 


「混ざるな。境界を保て」

 ペッパーの言葉に合わせ、全員が呼吸を合わせた。


 ミント、柑橘、白花、草香、薔薇。

 どれも独立しながら、重ならずに響き合う。

 まるで異なる旋律でひとつの和音をつくるように。


 


「蒸留結界、安定。……よし、成功だ」


 ペッパーが確認を終えると、光が静かに収束していく。

 結界の余韻だけが淡く残り、香陣にほんのりと温度が残った。


 


「訓練はここまでだ。出撃は明朝六時。各自、休め」


 短く言い残してペッパーが去り、他のメンバーもそれぞれの寮棟へ向かった。

 残ったのは、俺とオレンだけ。


 


「……なあ、今日のゼラニウム、やけにノリノリじゃなかった?」


「おう。途中で鏡見て“光の反射が理想的だ”とか言ってたからな。

 多分あの人、戦場でもキメ顔してる」


「ありそうで怖ぇ……」


 


 俺は笑いながら肩をすくめた。

 その笑いがすぐ静かに消え、夜気の冷たさが肌に触れる。


 


「……オレン。お前、怖くないの?」


「何が?」


「ノート。奪われるかもしれないとか、そういうの」


 オレンは少しだけ目を伏せ、それから笑った。


 


「怖いよ。

 でも、それより怖いのは――お前が笑わなくなることだな」


 


 その一言に、息が詰まった。

 視線を上げると、オレンはいつもの穏やかな目で俺を見ていた。


 


「スペアってさ、怖いことがあると、すぐ顔に出るんだよ」


「出てるか?」


「出まくってる。今日もさ、結界の時ずっと眉間にシワ寄ってた」


「うわ、まじか……」


「でも、その真剣な顔がいいと思う。

 本気で誰かを守りたいって顔してた。……俺、好きだよ、そういうの」


 


 急にそんなことを言うから、心臓が一拍ずれた。


 


「お、おい……そういうの、さらっと言うなよ」


「言葉にしないと伝わんねぇから」


 オレンが小さく笑い、夜空を見上げた。


 


「大丈夫。どんな香りでも、ちゃんと戻ってこれるようにする。

 ――“混ざらないまま、繋がる”ってのが異香班のやり方だろ?」


 


 夜風が吹き抜ける。

 遠くで香樹の葉が擦れ合い、ほのかに柑橘の香りが混じった。


 


「……うん。行こう、明日」


 俺がそう言うと、オレンが頷き、軽く拳を突き出す。

 それに自分の拳を合わせた。


 


 ミントとオレンジが小さく弾ける。

 静かな夜に、約束の香りが残った。



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