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湯上がりの体をタオルで拭きながら、
自室の扉を静かに開ける。
灯りは落とされ、カーテンの隙間から月の光が差し込んでいた。
同室のオレンはすでにベッドの片側に入り、
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「……おかえり。
ゼラニウムと一緒だったのか?」
「……なんでわかるんだよ」
「残り香がする。……あと、その顔。完全にのぼせてる」
「……あいつの話、終わんねぇんだよ。
風呂なのに、俺の精神が試された気がする」
「ははっ、らしいな」
オレンが笑いながら、布団を少しめくってくれる。
俺もそのまま隣に潜り込んだ。
この部屋のベッドは二人用。
最初は気まずかったけど、今はもう、
この距離の近さにどこか安心している自分がいる。
湯気の残る体温が混ざり合い、
寝息みたいな静けさが部屋を包む。
「なあ、オレン」
「ん?」
「……もし、俺が“ノート”に奪われたら……
どうなるんだろうな」
オレンの表情がわずかに動いた。
俺は天井を見たまま、ぽつりと続けた。
「ノートの中に閉じ込められるだけじゃない気がしてさ。
“スペアミント”としての存在が消えるだけじゃなくて……
“久城一葵”としても、現実世界から消えるんじゃないかって思ったら、
なんか、すげぇ怖くなってきて……」
自分でも情けないと思うくらい、
声が震えていた。
けど、止められなかった。
「……俺、消えたくないんだ。
この世界でも、現実でも。
どっちの俺も、ちゃんと生きてたい」
静寂のあと、
布団の中でオレンの腕がそっと伸びてきた。
温かい手が俺の肩を抱き寄せ、
頭を優しく撫でてくれる。
「そんなこと、俺がさせないよ」
その声は低くて、真っ直ぐで――
まるで誓いみたいだった。
「お前はこの世界で、みんなを繋ぐ香りなんだ。
ノートなんかに奪われてたまるか。
……俺が、守ってみせるから」
「……オレン」
胸の奥がじんわり熱くなった。
オレンの手が髪を梳くたび、
不安が少しずつほどけていく。
「大丈夫。
お前の香りは、ちゃんとここにある」
その囁きが耳のすぐそばで落ちる。
ミントと柑橘の香りが混ざって、
あたたかい空気が一つに溶けた。
涙が出そうになるのをこらえて、
俺はオレンの胸に顔を埋めた。
「……ありがとな。
お前がいると、怖いの半分になる気がする」
「半分? じゃあ残りの半分も、明日奪ってやる」
「はは……頼もしいな」
オレンの笑い声が小さく響く。
指先が俺の頬を撫で、
そのまま頭をやさしく引き寄せた。
「おやすみ、スペア」
「……おやすみ、オレン」
まぶたを閉じると、
遠くで香奏院の風がやさしく吹いた気がした。
――この香りがある限り、俺はここにいる。




