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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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3-4

 香奏院・訓練室。

 朝の光が差し込み、霧のような香気が床に漂っていた。


 異香班第二編成――再編後初の実戦訓練の日。

 中央にはスペア、その周囲にオレン、ジャスミン、ラベンダー、ゼラニウムが並び、

 指導するペッパーが厳しい眼差しで立っていた。


 


「今日の目的は、防香結界の形成だ。」

 ペッパーの低い声が響く。

 「ただし、香奏院の献上式とは違う。

  ここでは“混ざらないこと”が前提だ。」


 


 オレンが首をかしげた。

 「混ざらない……って、それで守れるのか?」


「守れる。」

 ペッパーは即答した。

 「異香班の結界は、個々の香気を完全に分離して張る“防香層”だ。

  他の香気を拒む壁――いわば、独立した結界の集合体。」


 


「つまり、“自分の香りを守り切ること”が任務、ってことね?」

 ジャスミンが静かに微笑む。


「そうだ。」


「まるで恋愛禁止の世界ね」


「違うわ!」とスペアがツッコむ。


 


 ラベンダーがのんびりと手を挙げる。

 「えっと〜、混ざらないように香りを出すって……どうやるの〜?」


 スペアが代わりに説明する。

 「相手の香りに反応しないこと。

  包み込まず、受け止めず、ただ“並ぶ”だけ。

  隣にいても境界を保つ――それが異香班の基本。」


「なるほどぉ。香りのソーシャルディスタンスだねぇ」


「言い方ぁ!」


 


 ゼラニウムが鏡を覗きながら鼻を鳴らす。

 「混ざらない美学、悪くないね。

  美しい香りは単体で完成しているものさ。」


「お前は完成しすぎなんだよ!」


 


 ペッパーが咳払いをし、香杖を床に叩く。

 香陣が淡く光り、静寂が広がった。


「まずは“個”の防香結界から始める。

 自分の香気を外へ漏らさず、他者を遮断しろ。」


 


 それぞれが目を閉じ、自らの香気を展開する。


 オレンの柑橘は太陽のように弾け、

 ジャスミンの花香は艶やかに揺れ、

 ラベンダーの草香が柔らかく包み、

 ゼラニウムは甘い芳香で輪郭を描いた。


 しかし――


 バチン、と音を立てて光が弾ける。

 結界が相互に干渉し、境界がぶつかった。


 


「っ……失敗か」

 ペッパーが腕を組む。

 「香りを強めすぎた者がいるな。」


「ごめん、俺かも……」

 オレンが苦笑いを浮かべる。


「いいや、これは“混ざらなさ”の訓練だ。焦るな。」

 ペッパーは静かに言う。

 「それぞれが自分の香りを守り切れれば、それでいい。」


 


 個々の防香結界を繰り返し展開していく。

 やがて、室内の空気は層を成すように安定した。


 


 ペッパーが頷き、視線をスペアに向ける。

 「よし、基礎は上々だ。

  ――次は蒸留結界(スチーム・ブレンド)だ。」


「俺が中心だな?」


「そうだ。異香班の結界を束ねられるのは、お前だけだ。」


 


 ペッパーが一歩下がり、スペアに指示を送る。

 「混ざらず、しかし共鳴させろ。

  お前の香りが媒介となり、他者の香気を“蒸留”状態で循環させるんだ。」


「了解。」


 


 スペアがゆっくりと息を吸い込む。

 ミントの香りが空気を清めるように広がり、

 周囲の香りがその“蒸気”の中でわずかに揺らめいた。


 オレンの柑橘、ジャスミンの花、ラベンダーの草、ゼラニウムの芳香――

 それぞれが蒸気の層に包まれ、直接は混ざらない。

 けれど、蒸気の中でやわらかく響き合う。


 


 それは“融合”ではなく“共鳴の蒸留”。

 香り同士が互いの本質を侵さず、

 ただ透明な空気の中で輪郭を照らし合っていた。


 


「……見事だな」

 ペッパーが呟く。

 「これが“蒸留結界”――

  混ざらない香りを、ひとつの空間で循環させる唯一の術式だ。」


 


 ジャスミンが微笑みながら目を細める。

 「まるで香りの楽団ね。指揮者がスペアで、私たちはそれぞれの旋律。」


「ふふ、悪くない例えだな」

 ペッパーの口元がわずかに緩む。


 


 スペアは額の汗を拭いながら笑った。

 「これなら……“混ざらないまま、支え合える”。

  異香班らしいやり方、好きかもな。」


 


 訓練室に広がる蒸気の光は、

 まるで朝靄のように柔らかく、穏やかに漂っていた。

 香りたちは混ざらず、それでも確かにひとつの“守り”を作っていた。


 


 ペッパーが静かに言葉を落とす。

 「――これが、異香班の結界。

  混ざらずに、護り合う。

  スペア、その力、次の戦いで必ず必要になる。」


 


 その言葉を聞いた瞬間、

 スペアの胸の奥に、かすかな熱が灯った。


(混ざらない。けど、確かに繋がってる。

 ……この香りなら、誰も壊させない)


 


 淡い蒸気の中、ミントと柑橘、花と草と薔薇が並び――

 その中心で、スペアの香りが静かに脈打っていた。


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