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放課後の教室。
窓の外から差し込む橙の光の中で、オレンがひとり紙を握りしめていた。
「……え? 俺、異香班の再編メンバーに……?」
紙に記された文字を何度も読み返す。
《異香班第二編成 新規編入:オレンジ》
見間違いではなかった。
「オレン、どうした?」
隣の席でノートをまとめていたスペアが首をかしげる。
「いや、その……俺、異香班に入ることになったみたいで……」
「は!? え、献上側の代表だろ? なんで戦闘班に!?」
「わ、わからないけど、“スペアとの連携が評価された”って……」
スペアが絶妙な顔でオレンを見る。
「……お前、俺と同室ってだけで巻き込まれたんじゃ……?」
「そ、そんなことないと思う! たぶん!」
そのやり取りの最中、廊下から足音が近づいてきた。
テンポの良い靴音と共に、扉がノックもなく開く。
「おいスペア、話がある――って、もう聞いてたか」
現れたのは、異香班リーダー・ブラックペッパー。
いつも通りのきっちりした制服姿に、無駄のない動作。
真面目さが香り立つような男だった。
「再編の件、正式に伝達する。
異香班第二編成として、香気塔防衛とノート迎撃の任務に当たる。
スペア、オレン――訓練室に来い。内容を説明する」
「うわ、もうそんな急に!?」
「決定事項だ。異論はないな?」
「いやいやいや! 心の準備ってもんが!」
スペアが慌てて立ち上がったそのとき――
「ちょっとお待ちなさい、ブラックペッパー。」
扉の向こうから、ふわりと甘く上品な花香が流れ込んだ。
まるで風ごと香りを纏って現れたように、ジャスミンが教室へ滑り込む。
白いローブの裾が優雅に揺れ、どこか舞台の一幕のようだった。
「まさか……」
スペアが眉をひそめるより早く、ジャスミンは微笑んで言った。
「私も、参加させていただくわ。ノートと戦うのでしょう?
だったら、スペアを放っておけないもの。」
「いや、なんでそんな“姫の散歩みたいなノリ”で決めてんの!?」
「ふふ、軽くだなんて言わないで。
本気よ。――だって、あの穢香事件で私たちを救ってくれたのは彼なんだから。」
その声音は柔らかく、それでいて芯がある。
美しい指先で髪をかき上げながら、ジャスミンは静かに続けた。
「今度は私が、彼を護る番よ。……そうでしょう、隊長?」
ペッパーは一瞬たじろぎ、額に手を当てる。
「……ジャスミン。お前、こういうのは正式な手順を――」
「申請書は提出済みよ♡」
にっこりと完璧な笑み。
香りと同時に空気まで支配されるような圧。
「早っ!!」とスペアが全力でツッコむ。
「ふふ。行動が早いのは“献上側のたしなみ”というものよ?」
「たしなみのスケールでかすぎるだろ!」
ペッパーはため息をつきつつ、書類を確認する。
「……確認した。確かに受理印があるな。お前、誰よりも動きが早い……」
「“美しい者は行動も優雅に”って、教わらなかった?」
「いや、そんな教育受けてねぇ!」
教室の空気が一気に明るくなる。
スペアは頭を抱えながらも、口元に苦笑を浮かべた。
(この人、ほんと強いな……いろんな意味で)
その直後、別方向から声がする。
「ふぁ〜あ……僕も、行くよぉ」
机に突っ伏していたラベンダーがゆっくり顔を上げ、
眠そうな目で手を挙げた。
「ラベンダー、お前寝起きだろ!」
「眠いけど、スペアのためなら……頑張るぅ」
「いや、いいからそこで寝てろ!」
笑いが起きる中、さらに追い打ちをかけるように、
鏡を片手に優雅に現れたゼラニウムが言い放つ。
「当然、私も出るよ。
この美しさを戦場で輝かせない手はないだろう?」
「お前は戦う前に髪いじるのやめろ!」
「身だしなみは戦いの基本だよ?」
ツッコミが追いつかないスペアの横で、
ペッパーは無言で深呼吸していた。
「……訓練前に市場の喧騒を聞くとはな」
「市場言うな!」
「だが、志願理由は全員“スペアへの恩返し”。
理由としては悪くない。……却下する理由もないか」
「あるだろ!? 戦闘力とか!?」
「香りの潜在値は十分だ。
むしろ、問題はお前の心臓の強度だな」
「俺の!? なんで俺基準!?」
ジャスミンが楽しそうに笑い、
ラベンダーは半分寝たまま「平和がいちばんだよねぇ」と呟き、
ゼラニウムは鏡越しに「戦場の風も悪くない」とウインクを飛ばした。
「よし、決まりだ」
ペッパーが手帳を閉じる音が、教室のざわめきを一瞬止めた。
「異香班第二編成――訓練開始は明日朝七時。
遅刻者には追加走香二十周だ」
「うわ、地獄のやつ……!」とスペア。
「当然だ。香りは努力で磨かれる。
――お前たちがその証明になれ」
そう言い残して去っていくペッパー。
その背中を見送りながら、スペアは思わず苦笑した。
「……真面目にもほどがあるな、あの人」
「そこがいいんじゃない?」
隣でオレンが微笑み、軽く肩を叩く。
「俺、あいつには絶対負けられないからな」
「お前までやる気かよ……!」
教室には、笑い声といくつもの香りが混ざり合っていた。
柑橘の爽やかさ、花の甘さ、スパイスの鋭さ――
そのどれもが、確かに生命の香りとして調和していた。




