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翌日。
香奏院の中庭に行くと、すでに二人の柑橘兄弟――レモンとグレープフルーツが険しい顔で立っていた。
空気がぴりついてる。どう見ても“家族会議”の真っ最中だった。
「兄貴さ、昨日……他のヤツに圧搾頼んだって本当?」
「うん。スペアに手伝ってもらったよ。ほら、これ見て。」
オレンがポケットから小瓶を取り出す。
瓶の中で、金色の液体が陽光を受けて揺れた。
それは昨日、俺が“絞った”やつだった。
「兄貴……よりによってスペアって……!」
レモンが目を丸くする。
「相性良すぎるって有名じゃん! 危険だよ! 香りが混ざったら、“恋の調香”になるんだよ!?」
「“恋の調香”ってなにそのイベント名!?」
思わず口を挟んでしまった俺。
次の瞬間、言わなくていい一言が、つい口をついて出ていた。
「あ、でも大丈夫だと思うぞ? ……オレン、くすぐったくて声出てただけだったし。」
――沈黙。
あ。
やらかした。
これ、確実に言っちゃいけないやつだった。
「……え、兄貴?」
「声? 兄貴が? どういう意味?」
二人の視線が、ぴったり揃って俺に突き刺さる。
オレンは顔を真っ赤にして飛び上がった。
「ス、スペア!! それは違うっ!! くすぐったかっただけで! 変な意味じゃないからな!?」
「え? でも、“あ、ん……そこいい”って——」
「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
オレンの絶叫が中庭に響き渡った。
レモンは顔面蒼白。グレープフルーツは変な咳をしている。
「兄貴……まさか……“初絞り”で……?」
「違うっっ!! だから“初絞り”とか言うなって!!」
もう無理だ。
俺は両手で顔を覆った。
どう言い訳しても、誤解しか生まれない。
「ちょ、ちょっと待て! 誤解だって! 本当に大したことじゃなくて!︎︎変な意味じゃない!
その……押した時に反射で、こう……!」
「“反射であん”はないだろ、スペア……」
「だから違うんだってばぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
わちゃわちゃと混乱する中庭。
そこへ、のんびりとした声が割って入った。
「なにしてんの、柑橘の皆~。今日もにぎやかだねぇ。」
ふらりと現れたのはラベンダー。
紫の髪を風に揺らし、眠そうな目でこちらを見る。
「……ん? なんか“声が出た”とか聞こえたけど?」
「忘れろォォォォォォォ!!」
オレンの悲鳴が、再び香奏院の空へと響いた。
レモンはうなだれ、グレープフルーツは爆笑。
ラベンダーは「青春っていいねぇ」とか言いながら去っていった。
――柑橘の香りが、甘酸っぱくて、どこかくすぐったい午後だった。
それは笑いの残り香みたいに、いつまでも消えずに漂っていた。




