表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/83

2-4

 光を拒むように、部屋は静まり返っていた。

 壁一面を覆う香陣が、淡い紫の脈動を刻む。

 空気は甘く、それでいて冷たい。

 香炉の中で揺れる煙が、花弁にも似た形を描いた。


 


「――またひとつ、失われたわね。

 “ジャスミン”という名の生命香が」


 


 紫の玉座に座す女――ヴァイオレット・ノート。

 その瞳は、霧の奥のように深く、静かだった。

 彼女の周囲では、香りではなく“分子”の粒子がきらめいている。

 それは自然ではなく、人工香の光。


 


 膝をついて跪くのは、漆黒の外套を纏ったムスク。

 その横で白銀の衣を翻すネロリが、一礼して報告を始めた。


 


「精油の奪取は一時中断しております。

 香奏院は再び秩序を整え、結びの儀を再開したようです」


「秩序……ふふ。あの子たちはまだ“変化こそ生命”と信じているのね」


 ヴァイオラの微笑は、花が枯れる瞬間にも似ていた。


 


「けれど、香りは変われば濁る。

 変わらぬ香りこそ、真の永遠。

 ――私たちはその証明をするためにここにいる」


 


 その言葉に、ムスクがゆっくりと顔を上げた。

 唇に浮かぶのは、甘く危うい笑み。


 


「いいねぇ、“永遠”。

 混ざらない香りってのは、どこか……禁断の匂いがする」


 


「お前は相変わらず、快楽主義だな」

 ネロリが冷ややかに言う。


「俺は感じたいだけさ。

 魂が震える“生きた香り”を、奪って、嗅いで、取り込む……

 それが俺たちの研究の第一歩だろ?」


「違うよ、ムスク。

 我々が求めているのは、“感じる”ことではなく、“再現する”ことだ」

 ネロリの言葉は鋭く、無機質だった。


「精油の香りは揺らぐ。心と共に、壊れる。

 だからこそ、僕らは“魂のノイズ”を削ぎ落とす。

 ――魂を持たぬ香りだけが、永遠に残る」


 


 ヴァイオラがゆっくりと立ち上がる。

 紫のドレスが波のように揺れた。


 


「そのためには、まだ“核”が必要。

 心の共鳴を司る精油――スペアミント」


 


 その名が空気を震わせた。

 ムスクが喉の奥で笑う。


 


「へぇ……“生きた共鳴体”か。

 あいつの香り、前に少し嗅いだ。

 柔らかいのに、芯が強い。

 壊すより、混ざりたくなる香りだったな」


 


「混ざれば穢れる。

 私たちは“調合”ではなく、“合成”をするの。

 心を交わらせずに、構造だけを残す。

 それが、アロマオイルの理想」


 


 ヴァイオラの指先が宙をなぞる。

 淡い紫光の中に、数式と香陣が重なり合う。

 そこには、香りを“分解・再構築”する実験式が刻まれていた。


 


「スペアミントの香気核を抽出できれば、

 “香水結び”という原始的行為は不要になるわ。

 感情も、魂も、いらない。

 ――ただ、完璧な調香式だけが残る」


 


「やれやれ、ロマンがねぇな」

 ムスクが苦笑する。


「でも、俺は嫌いじゃないぜ。

 混ざらない愛ってのも、たまには悪くない」


 


「僕は美しいと思う。

 心を削ぎ落とし、香りだけを残す――

 それこそ、真の“永遠の調和”だ」


 


 二人の対照的な答えに、ヴァイオラは満足げに頷いた。


 


「いいわ。

 ムスク、ネロリ。

 次の実験対象はスペアミント。

 ――彼の香りを“生命”から“構造”へ変換しなさい」


 


「命令、確かに」

 ネロリが静かに頭を下げる。


「喜んで。

 ……俺が“嗅ぎ分けた香り”を、あんたたちの器にしてやる」

 ムスクは舌なめずりをして立ち上がった。


 


 紫煙がふたりを包み、空間が歪む。

 最後に残ったヴァイオラの声は、穏やかで、どこまでも冷たかった。


 


生命の香り(エッセンス)は、やがて“記録”に還る。

 それが――香りの進化の最終形なのよ」


 


 紫の煙が闇に溶ける。

 残るのは、無機質な光のきらめき。

 その光は、まるで魂の抜け殻のように、冷たく美しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ