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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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2-2

 放課後の訓練室。

 窓から差し込む光が香陣の円を照らし、

 沈みかけた太陽がガラス越しに淡く反射していた。


 


「――防香結界、起動」


 集中して香気を展開する。

 ミントの風がゆらぎ、薄い光の膜が形成されていく――

 が、途中でぷつりと途切れた。


 


「……香りの軸が揺らいでる」


 低く、落ち着いた声。

 ブラックペッパーは腕を組んで、俺の様子をじっと見ていた。

 眉間の皺が、いつもより深い。


 


「すみません。まだ流れの制御が――」


「集中が甘い。

 ……最近、ジンジャーと行動が多いな」


 突然出た名前に、俺はきょとんとした。


「え? ああ。ノート関連の調査で一緒に動いてるだけだよ」


「“だけ”か」


 短く言って、ペッパーは視線を逸らした。

 その声色には、かすかに棘が混じっている。


 


(ん? 今の、なんか引っかかる言い方だったな……)


 


「防香結界は単なる術式じゃない。

 “誰を守るか”を意識しなければ、香気は定まらない」


「誰を……ねぇ」


「――お前自身の香りを、誰に晒すつもりなのかも含めてだ」


 


「……ペッパー、それ完全に説教モード入ってる」


「指導だ。誤解するな」


「いや、絶対なんか個人的な感情混じってるだろ」


「……黙れ。立て」


 


 いつも通りの冷たい口調。

 けど、近づいてくる足音がいつもより少しだけ速い。


 ペッパーは香杖を構えながら、俺の背後に立った。


 


「香りの流れが乱れてる。力を抜け」


「これ以上抜いたら寝るぞ」


「……冗談言ってる場合か」


 ペッパーの手が、俺の肩に触れた。

 温かい掌が、香気の流れを整えるように軽く押し込んでくる。


 


「……こうだ。

 呼吸を合わせろ。――ほら、今」


「う、うん……」


 指導の声が静かに響く。

 落ち着いたはずの香りが、妙に体の奥をざわつかせた。


 


「……ペッパー、近い」


「結界は距離だ。

 守る側が離れていてどうする」


「でも、お前……熱くない?」


「気にするな。お前の香りの乱れの方が問題だ」


「俺のせいにすんなよ」


 


 軽口を返しても、ペッパーの目は真剣そのもの。

 厳格で、まっすぐで、どこか切ないほどに真摯だ。


 


「……お前が無防備すぎるんだ。

 誰にでも香気を許して、あっさり混ざる」


「え、あの、俺そんなつもり――」


「なら、なおさら注意しろ」


 


 声が低く落ちる。

 指導というより、祈りに近い響きだった。


 


「俺は、お前を守る立場だ。

 だが……お前の香りが他の誰かに触れるのは、正直、我慢ならない」


 


 その言葉に、胸が少しだけ跳ねた。

 いつもの冷静さの裏に、感情の熱が混ざっている。


 


「……それ、嫉妬ってやつじゃないの?」


「違う」


「早ぇな否定!」


「……いいから集中しろ」


 


 そう言いながら、ペッパーは俺の手を導く。

 香陣の輪が静かに光り、結界が完成する。

 ふたりの香りが重なり、空気が甘く震えた。


 


「……できたな」


「ペッパーのおかげだな」


「違う。お前が俺を信じたからだ」


 


 その一言が、不意打ちみたいに刺さった。

 あまりに真面目な顔で言うから、照れるより先に笑ってしまう。


「……やっぱお前、ずるいよ。

 そういうこと、さらっと言うの」


「事実を言っただけだ」


「はいはい、リーダーは理屈っぽくて助かるわ」


 


 軽口に、ペッパーの口元がかすかに緩む。

 けれど次の瞬間にはもう、真面目な顔に戻っていた。


 


「……もう一度確認する。

 お前の香りを、俺以外に触れさせるな。

 今夜から結界の調整は、俺が見る」


「へいへい、リーダー命令ね」


「命令じゃない。――願いだ」


 


 言葉が落ちたあと、香りが一瞬だけ静まった。

 胡椒とミントが、夕暮れの中でゆっくり混ざっていく。


 


「……お前が守る結界の中に、俺も守られてる気がするな」


「……それは、困るな」


「なんで」


「お前は守る側だ。

 ――けど、それでも、俺が少しでもその中にいたいと思ってるのは……秘密だ」


 


 そう言って、ペッパーは視線を逸らした。

 その横顔が、ほんの少し赤い。


 


 訓練室を満たす香りは、いつもより少しだけ甘かった。

 そしてその夜――ペッパーの香りが、ミントを包むように穏やかに残り続けた。


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