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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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1-4

 昼下がりの香奏院の中庭。

 ガラスの天井から差し込む光が、淡く木漏れ日のように揺れていた。

 柑橘の香りが風に乗り、温室めいた空気をやわらかく包み込む。

 甘く、どこか青春の味がした。


 


「おーい、スペアー! ちょっと頼みたいことがあるんだけど、今いい?」


 


 振り向けば、陽射しを背負ったオレンジが立っていた。

 片手に小瓶、肩にタオル。――その姿は、完全に“これから風呂”のテンションだ。


 


「……頼みたいって。まさか、また風呂関連じゃないよな?」


 


「はは、さすが察しが早いね。

 ほら、俺たち柑橘系は“圧搾法(あっさくほう)”なんだよ。

 絞ってもらわないと、アロマ水が出ないんだ。」


 


「……“絞ってもらう”って言い方、誤解を生むからやめろ。」


 


「え、でも事実じゃん?」


 


 爽やか笑顔で言い切るな。

 この学園に来てからというもの、柑橘系の連中がいちいち言葉のチョイスを誤ってくる。

 オレンも例外ではない。

 けれど、その無邪気な明るさに、つい笑ってしまうのが悔しい。


 


「でもさ、今日は弟たちが遠征でいなくて。

 だから……初めて、兄弟以外にお願いするんだ。」


 


 言い方の癖が強い。

 なんだその“意味深な依頼”みたいな響きは。


 


「……まあ、いいけど。俺、不器用だぞ? 加減とか全然わかんねぇし。」


 


「大丈夫、大丈夫。力よりリズムが大事だから。

 ほら、あのベンチに座って?」


 


 促されて腰を下ろすと、オレンは上着を脱ぎ、シャツの袖をゆっくりまくった。

 陽の光がその肌を滑り、腕の筋がわずかに浮かび上がる。

 柑橘の果皮を思わせるような、淡い金色の艶が宿っていた。


 


「じゃ、軽く押してみて。」


 


「え、ここ……?」


 


 おそるおそる掌を当てて、少しだけ圧をかける。

 すると、じんわりと甘酸っぱい香りが滲み出していく。

 指の隙間から広がる香気が、光に溶けて舞った。


 


「っ……あ、ん……そこ、いい……!」


 


「なっ、なに今の声!? いや、どういう意味で“いい”!?」


 


「ち、違っ……! その、香りが出る瞬間、神経が敏感になるんだよ……!

 変な意味じゃない!︎︎く、くすぐったいだけだからっ!」


 


「……いや、くすぐったいにしては息がエロすぎるんだよ!」


 


 慌てて手を離すと、オレンは耳まで真っ赤に染め、額の汗をぬぐった。

 けれど、すぐに明るく笑って小瓶を掲げる。


 


「ほら、見て。ちゃんと出たろ? ……いい色してる。」


 


 瓶の中では、金色の液体がゆらゆらと光を反射していた。

 酸味と甘さが絶妙に溶け合う香り。

 まるでオレンそのもののようで、思わず見入ってしまう。


 


「……兄弟以外に絞ってもらうの、やっぱ緊張するなぁ。

 でも、悪くなかった。お前の手、あったかいし……すべすべしてて気持ちいい。」


 


「その言い方やめろ。誤解しか生まねぇ。」


 


 それでも、思わず笑いがこみ上げる。

 オレンの笑顔は、太陽みたいに明るいのに、不思議と見てると胸が温かくなる。

 柑橘の香りが、風に混じって遠くまで広がっていった。


 


 この学園では、何をするにも距離が近すぎる。

 香りが混ざれば、心まで引き寄せられるようで――

 それをまだ完全には受け止めきれない自分が、少しだけ可笑しく思えた。


 


 ふと見上げたガラス天井の向こうで、光が揺れていた。

 その光の中に、黄金の雫がきらりと弾けて消える。


 


 ――香りは、触れた手の温度まで覚えている。


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