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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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6-6

 夜。香奏院最上階・大香陣。


 床一面に光の線が走り、風が抜けるたびに魔法陣の光がかすかに揺れる。

 冷たい夜気が肌を撫で、胸の奥が静かに高鳴っていた。


 ――これが最後の戦いだ。


 ジャスミン、ラベンダー、ゼラニウム、レモン、グレープフルーツ、パチュリ、ティーツリー、ローズマリー。

 そして俺の左右には、ペッパーとオレン。全員が揃っていた。


 


「では、開始する」

 ジンジャーの声が響く。

「ミント、中心へ」


 


 輪の中央へ踏み出す。

 吸って、吐く。

 全員の呼吸のリズムが揃うよう、ゆっくりと息を整える。

 ミントの清涼が体の芯から立ちのぼり、薄い蒸気となって広がった。


 


「まずはペッパー」

 背中から胡椒の熱が走る。

 尖った刺激。けれどその奥に、確かな守りのぬくもりがあった。

 俺はそこに膜をかけ、やわらかく包み込む。


「次、オレン」

 柑橘の光が重なる。あたたかくて、胸の奥がほっと緩む。

 ――息が合う。

 俺はその“楽さ”を輪の外まで広げた。


「ジャスミン」

 甘く奔放な花の香り。けれど今日は、静かに俺の息に合わせてくれている。

 視線で「ありがとう」と伝えると、彼は目尻を下げて笑った。


「ラベンダー」

 やわらかな草の揺らぎが広がり、輪の緊張がゆるむ。


「ゼラニウム」

 薔薇に似た誇り高い香り。輪がいっそう整っていく。


「レモン」

 澄んだ酸味。まるで夜明け前の光のようだ。

 輪全体に透明な希望を流し込む。


「グレープフルーツ」

 やさしい苦味。痛みを知っている香り。

 輪の底に深みを作り、甘さを引き締める。


「ティーツリー、パチュリ」

 清めと土。足元に力が宿り、呼吸が揺れなくなる。


「ローズマリー先輩」

 最後に、理路の香りが通る。輪がひとつの線として結ばれた。


 


「――全香、同調、開始」


 ジンジャーの合図。

 大香陣の紋様が淡く光り、天井の高窓が震える。


 


 ――黒い渦。


 空を裂くように、それは降りてきた。

 排気ガス、金属、プラスチック。

 異世界の匂い。帰れない世界の、現実の匂い。


 胸の奥がざわつく。

(大丈夫。息を合わせろ。俺が合わせるんだ)


 


 ミントの蒸気を濃くし、輪の縁に沿って回す。

 ペッパーの熱が境界を守り、オレンの温もりが中心を支える。

 花の層が色を添え、清めと土が輪の土台を固める。

 ローズマリーの理路が、それらをひとつに閉じた。


 


「来るぞ!」ペッパーの声。

 黒が落ちる。

 重石のようにのしかかる穢香。

「スペア!」

 オレンの手が背中に触れた。合図――吸って、吐く。


 


「――ひとつになれ」


 声を出した。

 輪が震え、光が外へあふれる。

 黒い影は押し返され、やがて引き寄せられていく。

 未完成の匂いが、完成した香りの輪に溶け込もうとしていた。


 


 足元が揺れた。中心はやっぱり重い。

 でも、左右から支える手がある。ペッパーの防香、オレンの体温。


 


「もう少しで同調完了だ、落とすな!」ジンジャーの声が遠くで響く。

 輪の外、仲間たちの笑みが見えた。

 “信じてる”。

 その想いが、熱に変わる。


 


「――収束」


 静かな音とともに、黒が霧となって消えた。

 夜空にほどけ、白い蒸気だけが残る。


 


 力が抜け、膝が落ちた。

 倒れかけた俺を、オレンが前から抱きとめ、ペッパーが背を支える。

 二つの香りが、胸の奥で静かに交わった。


 


「よくやったな、スペア。ちゃんと届いてた」

 オレンの声が優しく響く。


「……本当に、よくやった」

 ペッパーの声は低く震えて、けれど誇らしげだった。


 


 視界の端が淡く光った。

 身体が一瞬、薄く透けた気がして息をのむ。

 ――異世界の波。


「大丈夫、俺はここにいる」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 ペッパーの防香が包み、オレンの温度が強く重なった。


 


「だったら――もう離すもんか」

 オレンが笑って、額を合わせた。

 ペッパーがわずかに咳払いをして、それでも離れない。


 


 高い窓の外、夜がゆっくり息を吐く。

 ミント、オレンジ、レモン、グレープフルーツ、そして胡椒が――静かに混ざり合って、上へ昇っていく。

 世界は今、ほんの少しだけ、やさしい匂いに変わっていた。


 


(俺は、ここにいる。

 みんなの香りの真ん中で、ちゃんと息をしてる)


 


 そう確かめるように、もう一度、深く息を吸った。

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