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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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6-5

 異香班の研究室は、今日も半地下特有の湿り気とスパイスの熱でむわっとしていた。

 並んだ端末のホログラムには、香りの波が幾重にも重なり、まるで生き物の鼓動のように脈打っている。


 


「やぁ、三人とも。結論、出たよ」


 振り返ったジンジャーは、いつもの薄笑いのまま。

 けれど声色は少しだけ真面目だった。

 俺――スペアと、隣に立つオレン、そして腕を組んだペッパー。三人同時に息を飲む。


 


「穢香を“完全に”鎮める方法。条件はひとつ――全員の香りを、ひとつにまとめること」


「全員って、異香班も献上側も、ってことか?」とオレンが問う。


「そう。学園に存在する全精油。

 異世界の分子を含んだ穢香の“芯”は、未完成のまま迷っている匂いだ。

 だから、完成形を見せてやれば、そこに吸い込まれて消える」


 


 ジンジャーが指を弾く。

 ホログラムの波形が円を描き、中心がぽっかり空く。そこに光が落ちた。


 


「ただし問題がある。精油には相性がある。真逆の香りを無理に混ぜれば、破裂する。――だから、中心に“潤滑油”が必要なんだ」


 視線が俺に刺さる。

 ……やっぱりな。




「ミント。君はどの香りとも混ざれる。全員の間に立って、呼吸とリズムを合わせて、香りを整えてほしい」



 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かがかすかに弾けた。

 “全員の香りをひとつに”――その響きに、既視感があった。


(……そうか。俺、全ルートを解放してたんだ)


 オレン、ペッパー、ラベンダー、ゼラニウム、ジャスミン――

 この世界で出会ったすべての香りを辿り、結び直してきた。

 彼らの感情も、痛みも、幸福も、全部知っている。

 それは偶然じゃなかった。あの分岐の積み重ねこそが、

 今ここで全てをひとつにできる“鍵”だったのかもしれない。


(分岐があったからこそ、今の俺は全部を繋げることができる……)


 確信のような温かさが胸に広がった。

 香りの道が、最初からこの“全香融合”へと導いていたのだ。


 


「待て」

 ペッパーの低い声が空気を震わせた。

「理屈は分かる。だが、失敗した時に吹き飛ぶのは中心にいるこいつだ」


「吹き飛ばねぇようにするのが、俺たちの役目だろ」

 オレンが片手を上げて言う。

「スペアを真ん中で一人にするつもりはない。俺が支える」


 


 真っすぐな目で言われると、胸の奥がじんわり温かくなった。

 ペッパーはわずかに目を細め、静かに頷く。


 


「……俺も隣に立つ。防香を張り続ける。お前の境界は、俺が守る」


「うん、いいねぇ。恋愛と共同研究が同時進行、最高だ」


「「黙れ」」


 オレンとペッパーのハモりが完璧に重なり、ジンジャーが肩をすくめた。


 


「手順は単純。ミントを中心に円を組む。

 まずペッパー、次にオレン。そこからジャスミン、ラベンダー、ゼラニウム、レモン、グレープフルーツ、ティーツリー、パチュリ、ローズマリー……順に香りを合わせて輪を閉じる。

 息を合わせるのが何より大事。途中で誰かの感情が暴れたら、即アウトだ」


「感情が暴れたら……って、俺らそこ一番苦手なとこじゃん」

 オレンが苦笑する。


「だから君が必要なんだよ、ミント。

 君の“落ち着き”は香りにも伝わる。こないだの仮結びで証明済みだしね」


「仮結びって言うな。いや事実だけど、言うな」


 


 俺が顔をしかめると、ペッパーがわざとらしく咳払いした。

 ……まだちょっと根に持ってる。不可抗力だったのに。


 


 そのとき、ドアが軽く叩かれた。


 


「失礼する」


 ローズマリー先輩が入ってくる。

 白衣の裾を揺らし、落ち着いた声を響かせた。

 先日の暴走が嘘みたいに、穏やかで理性的な気配。


 


「調香師様から伝言だ。“近いうちに、大きな穢香が来る”。学園外からの混入だ。――時間はない」


「……やっぱり、来るんですね」


「ああ。だが希望もある」

 ローズマリー先輩は、まっすぐ俺を見た。

「君の“調和”だ。感情は香りを乱すが、同時に強くもする。信じる対象を、傍に置け」


 


 その言葉に、オレンがそっと俺の手を握った。

 ペッパーも静かに隣へ寄る。

 香りが混ざって、胸の中のざわめきが不思議と静まった。


 


「やるよ。俺が中心に立つ。みんなの香りを、まとめる」


 言葉にすると、背中の芯が自然と伸びた。

 ペッパーが短く頷き、オレンが不器用に笑う。


 


「なら決まりだね。夜、最上階の大香陣に集合。準備は僕がやるよ」

 ジンジャーが指を鳴らし、画面の光がふっと消えた。



---


 


 部屋を出る廊下で、オレンが俺の手を握ったまま歩幅を合わせてくる。


 


「なぁ、怖くなったらちゃんと言えよ。

 俺、からかいはするけど、無茶はさせないから」


「……ありがとな」


 


 背後でペッパーがぼそりと呟く。

「俺もいる」


 


 その一言が、心の奥にじんわり沁みた。

 二人の香りが、左右から静かに寄り添ってくる。

 ――息を合わせる練習は、もう始まっているみたいだった。

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