6-2
夜の寮の部屋。
窓の外では、風が静かに樹々を揺らしていた。
いつもと同じはずの光景なのに、今日は少しだけ――世界が遠く見えた。
“久城一葵”としての正体を打ち明けたあと、
胸の奥にはまだ、重たい罪悪感が残っていた。
(……やっぱり、言うべきじゃなかったのかもな)
そんな思いを噛みしめていると、
テーブルの上にふわりと湯気が立った。
カップから漂う香りは、やさしい柑橘とミントの混ざり。
その隣には、小ぶりなケーキが一切れ。
「ほら、オレンジティー淹れたぞ。
それと、例のミントチーズケーキ。お前の好きなやつ」
オレンがいつもの調子で笑っていた。
その笑顔が、あまりにも自然で――かえって胸が痛い。
「……なんで、そんな普通にしてんだよ」
「なんでって?」
「俺……お前たちを騙してたんだぞ。
中身は別の世界の人間で、ここがゲームだって知ってて……」
言いかけたところで、
オレンが穏やかに口を挟んだ。
「本当のことを話してくれて、ありがとな」
その言葉に、息が止まる。
「……怒ってないのか?」
「怒る理由がないだろ。
お前がスペアでも、一葵でも――
俺は今、ここにいる“お前”が好きなんだよ」
そのまま、オレンの指先がそっと伸びてきて、
俺の髪を撫でた。指先が耳をかすめ、
触れたところから温度が伝わる。
言葉よりもまっすぐで、やさしい熱だった。
「……でも、その気持ちもさ。
ここがBLゲームの世界だからかもしれないだろ……」
小さく漏れた呟きに、
オレンは苦笑して、首を横に振った。
「たとえそうでも、俺がお前を好きな気持ちに嘘はないよ。
この世界がシナリオ通りでも、
俺の心まではプログラムされてねぇ」
そう言って、カップを俺の前へ押し出す。
「ほら。温かいうちに飲めよ」
立ちのぼる湯気が、ゆるやかに揺れる。
オレンジとミントが溶け合い、
それはまるで“ここに生きる俺”を受け入れてくれる匂いだった。
カップを口に運ぶ。
ほんのり甘くて、胸の奥まで染み込むような味。
「……あったかいな」
「だろ? 冷める前に、ちゃんと味わっとけよ」
オレンの声も、紅茶の味も、どこまでも優しかった。
不安がゆっくりと溶けていく。
(――俺は、ここにいてもいいんだ)
その確信が、オレンジティーのぬくもりとともに、
静かに心に染み渡っていった。




