表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/83

5-5

 放課後の訓練室。

 夕陽が窓越しに差し込み、香陣の輪を淡く染めていた。

 静まり返った空間の中で、ミントと胡椒の香りが重なり合い、

 まるで恋の余韻のように空気を満たしている。


 


「……今日も、また混ざっちまったな」


 


 思わず笑みが漏れると、

 ペッパーは額に手を当てて、ゆっくり息を整えた。


 


「混ざったんじゃない。……お前の香りが、俺の境界を超えてきただけだ」


「それを混ざったって言うんだよ」


「……そうかもしれんな」


 


 微かな笑い。

 訓練というより、もうこれは“距離ゼロ”の儀式みたいだ。

 互いの呼吸が重なり、心音まで混ざるほど近い。

 胡椒の熱とミントの涼が絡み合って、

 ひとつの“香水結び”を生み出していた。


 


 その静寂を――不意に破る声があった。


 


「ほぉ……なるほど。これが噂の“禁香”か」


 


 俺とペッパーは同時に振り向いた。

 そこに立っていたのは、異香班の変人・ジンジャー。

 白衣を片腕だけにかけ、首には試験管。

 眠たげな目のまま、漂う香りの残滓を愉しむように眺めている。


 


「異香班と献上側の香水結び――

 ブラックペッパーとスペアミント。

 防香と調香が共鳴する香水なんて、そうそう見られないよ」


 


「ジ、ジンジャー!? いつからいた!?」


「最初からではないけど……ちょうどいいところだったみたいだね」


 


 慌てて立ち上がる俺をよそに、

 ペッパーは眉を寄せて、わずかに頬を赤くしていた。

 でもジンジャーは、そんな空気を楽しむように笑っている。


 


「安心して。怒ったりはしないよ。

 むしろ――僕も体験してみたくなっただけさ」


 


「……は?」


 


 空気が一瞬で止まった。

 ジンジャーはゆるい笑みを浮かべたまま、俺に一歩近づいてくる。


 


「調香師様のためなら、いいだろ? ブラックペッパー」


 


 その名が出た瞬間、ペッパーの表情が固まった。

 “調香師様”を盾にされたら、拒む理由を失う。

 俺も息を呑んで、彼の手元を見つめる。


 


「調香師様はまだ知らない香水を探している。

 君となら――“ジンジャーミント”という新しい香りを生み出せる。

 どうだい? 僕と、試してみない?」


 


 ジンジャーの指先が、そっと俺の手に触れた。

 その瞬間――胡椒の熱が弾ける。


 


 ペッパーの手が素早くその間に割り込み、

 俺を自分の背後へと引き寄せた。


 


「悪いが、スペアは渡せない」


 


 低く響く声。

 胡椒の香気が防壁のように立ち上がり、

 ジンジャーの指を押し返した。


 


「おや、反応が早い。まるで恋人みたいだね、ペッパー」


「違う。……だが、これ以上は近づかせない」


 


 その真剣な声音が胸の奥を熱くする。

 息を呑む俺の前で、ジンジャーは目を細め――にやりと笑った。


 


「へぇ……感情が混ざった香りって、こうなるのか。

 君がここまで独占欲を出すなんて、面白いな、ペッパー」


 


「遊ぶな、ジンジャー」


 


「遊びじゃないさ。ただ……ますます興味が湧いた。

 スペアミント――君の香りは、どこまで広がるんだろうね」


 


 そう言い残し、ジンジャーは飄々と背を向けた。

 香陣を抜ける瞬間、ふっと笑みだけを残していく。


 


 静寂。

 訓練室に残されたのは、俺とペッパーの鼓動だけだった。


 


「……ペッパー。お前、顔赤いぞ」


「お前のせいだ。……まったく、油断も隙もない」


 


 ため息混じりにそう言って、

 ペッパーはそっと俺の頭に手を置いた。

 胡椒の香りが、どこまでも熱くて、優しかった。


 


(……ジンジャー。あいつ、きっとまた何か仕掛けてくる)


(でも――)


 


 ペッパーの手の温もりに包まれながら、

 胸の奥で小さく息を吸う。


 


(――今だけは、この香りに守られていたい)


 


 夕陽が沈み、訓練室を淡く染めていく。

 胡椒の熱とミントの風が溶け合い、

 “禁香”の余韻だけが、静かに残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ