表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/83

5-3

 香奏院の裏庭。

 夕暮れの光の中で、ミントの風と胡椒の熱がぶつかるように漂っていた。


 


「穢香を倒すには、まず仕組みを理解しなきゃいけない。

 ただ壊すだけじゃ、また誰かが犠牲になる」


「だが、穢香は危険すぎる。近づけば、お前まで壊れる」


 


 ペッパーの声はいつになく強かった。

 それでも、スペアは一歩も退かない。


 


「俺は壊れない。ジンジャーも言ってた。

 “混ざっても壊れない香り”なんだって」


「……根拠が曖昧すぎる。お前の香りはまだ不安定だ」


 


「不安定でも、誰かを守れるならそれでいい!」


 


 香りがぶつかる。

 ミントの冷気と胡椒の熱気が交錯し、空気がわずかに震えた。

 言葉が衝突するたび、ふたりの香気が小さく弾ける。


 


 ――その時。


 


「大変だ、スペア! ペッパー!!」


 


 オレンが息を切らして駆け込んできた。

 表情は焦りに染まり、背後から柑橘の香りが強く揺れている。


 


「オレン? どうした――」


「レモンが……パチュリとぶつかって、香りが混ざったんだ!

 図書室の入口で! で、そこから穢香が……!」


 


 ペッパーの表情が一変した。

 胡椒の熱が一気に高まり、空気が張り詰める。


 


「……最悪の組み合わせだ。

 パチュリの土の香りとレモンの光が反発すれば、香気が破裂する」


「だから止めてくれよ! 弟が、弟が苦しんでる!」


 


 オレンの声に、スペアは迷わず走り出した。

 ペッパーも舌打ちしながら後を追う。


 


 図書室の前――そこはすでに穢香に覆われていた。

 黒い靄が本棚を包み、床の香陣が軋むように歪む。

 中央では、レモンが膝をつき、苦しそうに胸を押さえていた。

 その体から放たれる光は、どす黒く染まっていく。


 


「レモンっ!」


 


 スペアが駆け寄ろうとすると、ペッパーが腕を掴んだ。


 


「待て。近づくな。あれはもう人の香りじゃない。

 放っておけば、穢香そのものになる。倒すしか――」


「そんなの、できるわけねぇだろ!」


 


 スペアの叫びが、空気を震わせる。

 ミントの風が勢いよく広がり、胡椒の熱をかき消した。


 


「壊れた香りが誰かだったなら、レモンもまだ戻せるはずだ!」


「理想論だ!」


「理想でもいい! 俺は、救ってみせる!!」


 


 その言葉に、オレンが震える声で続けた。


 


「お願いだ……弟を、助けてくれ……!」


 


 スペアは頷き、手のひらを広げた。

 ミントの香気が淡く光り、周囲の空気が冷やされていく。


 


「――蒸留結界、展開」


 


 白い蒸気のような光が立ち上り、レモンを包む。

 ペッパーが防香陣を重ねると、黒い靄が一瞬だけ押し返された。

 けれど次の瞬間、穢香がうねりを上げて暴れ出す。


 


「くっ……強すぎる!」


「ペッパー、合わせて! 俺の香りに!」


「混ざれば暴走する!」


「違う、“混ざれば整う”んだ!」


 


 スペアが踏み出す。

 ミントの香りが胡椒の熱を巻き込み、やがて柔らかな風の渦を作る。

 その中心で、レモンの黄色い光がかすかに揺れた。


 


「……兄貴……」


「レモン! 戻ってこい!」


 


 オレンの叫びに応えるように、黒い靄がひび割れる。

 スペアはそこへ手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、香気がひとつに混ざる――

 冷たいミントの風、暖かな柑橘の光、そして胡椒の熱。


 


 しゅう、と音を立てて黒煙が晴れる。

 レモンが崩れ落ち、オレンが抱きとめた。

 残った香りは、ほんのりと甘くて、涙が出そうなほど優しかった。


 


「……助かったのか?」


「うん。まだ弱いけど、ちゃんと生きてる」


 


 スペアが息を整えると、ペッパーは黙ったまま彼を見つめた。

 その目の奥に、怒りとも安堵ともつかない感情が揺れている。


 


「……無茶をするな。お前まで穢れるところだった」


「それでも、救えたからいいだろ」


「……ほんと、お前は……」


 


 ペッパーは息を吐き、かすかに頭を掻いた。

 その手のひらには、穢香を防いだ焦げ跡。

 スペアはその手を取って、小さく笑った。


 


「ありがとな。お前がいなかったら、守れなかった」


 


 ペッパーは答えず、ただその手を握り返す。

 ミントと胡椒の香りが交わり、ゆるやかに調和していく。


 


 外では、夕日が沈みかけていた。

 穢香の影が完全に消え、空気が透き通る。


 


 その静けさの中で、誰もが確信していた。


 ――混ざることでしか、救えない香りがあるのだと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ