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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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34/83

5-2

 夕方の香奏院。

 薄いオレンジ色の光が廊下に差し込み、調香瓶たちの影をきらりと照らしていた。

 異香班の研究室には、まだ誰もいない。

 それを確かめてから、俺はそっと扉を閉めた。


 


(……穢香を倒すには、まず相手を知ることだよな)


 


 思いついたら動かずにいられない。

 ペッパーには止められるに決まってる。だから、こっそり。


 机の上には、前回の任務で回収した小瓶。

 黒い香気の残骸が底に沈み、ときおりかすかに泡を立てている。


 


「……穢香の正体。もしかしたら、香りそのものが壊れた結果なんじゃ――」


 


「へぇ。やっと気づいた?」


 


 不意に、後ろから声。

 振り返ると、窓辺でカップラーメンをすすってる男がいた。


 


「……お前、いつの間に」


「ずっといたけど? 授業サボってるだけ」


 


 淡いオレンジ色の髪をひとまとめに結び、

 制服の上着を腰に巻いたままのゆるい姿勢。

 異香班きっての変人――ジンジャー。


 


「……仕事しろよ、天才サボり魔」


「してるよ。サボるのも仕事のうち。脳みそ休める時間、大事だろ?」


「屁理屈だろ、それ」


 


 そう言いつつも、彼の机には調香道具と分析香陣が広がっていた。

 見た目はやる気ゼロなのに、手だけはずっと動いている。

 たぶん、これが“天才”ってやつなんだろう。


 


「で? 穢香の残骸、調べたいんだっけ?」


「っ、なんで分かるんだよ」


「まんま顔に出てるから。悩んでる時のミントくんはすぐ分かる」


 


 くすりと笑って、ジンジャーは小瓶を指先でつまんだ。

 香陣の中央に置くと、淡い光が立ち上る。


 


「ふむ……これは完全に“香りの死骸”だね」


「香りの……死骸?」


 


「うん。もともとは精油だった。

 でも、長い時間をかけて、香気の核が壊れて、形を失った。

 残ったのは、香りの名残だけ。

 ――それが穢香の正体だと思う」


 


 ジンジャーの声は軽いのに、その内容は重かった。

 俺は、目の前の黒い気泡を見つめる。

 確かに……どこか懐かしい、かすかな花の香りが混じっている。


 


「……じゃあ、穢香も、もとは“誰か”だったのか?」


「そう。

 精油同士が結びを誤って、壊れたか、拒まれたか。

 “混ざれなかった香りたち”の成れの果て。

 たぶん、痛かったろうね」


 


 ジンジャーの声が少しだけ静かになる。

 その横顔に、いつもの気だるさはなかった。


 


「……壊れた香りを、また整えることはできるのか?」


「理論上はね。

 でも、普通の調香じゃ無理だよ。

 壊れた香りは他の香りを拒む。混ざろうとすると、相手まで壊す」


 


「……」


 


「けど、君は“混ざっても壊れない”んだろ?」


 ジンジャーが笑う。

 軽口みたいなのに、その言葉には確信があった。


 


「スペアミント。

 君の香りは混ざることを恐れない。

 それ、ちょっと……怖いくらいの才能だよ」


 


 その瞬間、瓶の中の黒が、ふっと淡い光を帯びた。

 まるで、眠っていた誰かが一瞬だけ目を開けたみたいに。


 


「……見ての通り、穢香にもまだ名残がある。

 たぶん、どこかで助けを求めてる」


「……助けを、か」


「うん。倒すだけじゃなく、救うって発想、君らしいね」


 


 ジンジャーは立ち上がり、伸びをしてから、飄々と扉へ向かった。


「報告は任せた。僕は寝る。サボりも、研究のうちだから」


「お前ほんと、すげぇな……」


 


 呆れながらも、俺は小瓶を手に取った。

 黒い香気の奥に、ほんのりと花の香りが残っている。


 


(混ざれずに、壊れてしまった香り……

 だったら、俺が混ざって、整えてやるよ)


 


 ミントの香りが、そっと揺れた。

 それはまるで、決意を確かめるように。


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