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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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5-1 香りを護る夜ー蒸留結界、初陣ー

 夜の香奏院に、警鐘が鳴り響いた。

 低く、長く、重く――それは「穢香(えこう)発生」の合図だった。


 


 空気がざらりと震え、闇がゆっくりと色を失っていく。

 外の景色が、まるで墨を垂らしたように歪んで見えた。


 


「……来たか」

 ブラックペッパーがコートを翻す。

 香りが一瞬で“戦闘用”に切り替わり、空気が引き締まった。


 


 彼の後ろには、異香班の面々――

 重厚な甘さを纏う パチュリ、

 鋭く清冽な香気を放つ ティーツリー。


 そして、その少し後方で様子を見守る俺――スペアミント。


 


「お前は後方で待機だ」

 ペッパーが視線を前に向けたまま言う。

 「初任務なんだ。無理はするな」


「わかってる。でも……見てるだけじゃ終わらせないよ」


 


 そう言った瞬間、闇が裂けた。

 どろりとした影の塊――穢香が姿を現す。

 形は定かでない。霧のようで、腐敗のようでもある。

 近づくたびに、花や木の香りが一瞬で“腐って”いく。


 


「前衛、展開!」

 ペッパーの号令に応じて、

 パチュリが大地のような香りで結界を張り、

 ティーツリーが鋭い風の香りで穢香を斬る。


 空気がひりつき、香陣の光が乱反射する。


 


「っ、穢香の濃度が高い! すぐに防香を――!」

 ティーツリーの声が裏返る。


 黒い靄が一気に広がり、パチュリの結界を侵食していく。


 


「くそっ、押されてる!」

「ペッパー、後方から流れ込んでる……!」

 パチュリの額から汗が落ちた。


 


 その瞬間、焦げたような匂いが鼻先をかすめた。

 心臓が跳ねる。


(……このままじゃ、結界が崩壊する)


 


 俺は深く息を吸い込んだ。

 肺の奥に溜めた香りを、心の中で調律する。


 柑橘の明るさ、胡椒の熱、木々の静けさ。

 それらを包みこむように、ミントの蒸気を思い浮かべる。


 


「――蒸留結界(スチーム・ブレンド)!」


 


 両手を広げた瞬間、白い霧が溢れ出した。

 柔らかな蒸気が空間を包み、暴れる香気を穏やかに整えていく。

 暴走していた香りが、まるで呼吸を合わせるように鎮まっていった。


 


「……香りが、安定していく……!」

 ティーツリーが息を呑む。


「これは……調律……!」

 パチュリの瞳が驚きに光る。


 


 穢香の黒い靄が、ミントの蒸気に触れるたびに薄れていく。

 光が、闇の奥を貫いた。


 


「今だ、ペッパー!」

 俺の声に、ペッパーが頷く。


 


「――防香結界・全域展開」


 


 低く鋭い声とともに、

 胡椒の香りが閃光のように走る。

 結界が空間全体を包み、穢香の影を閉じ込めた。


 


「封じ込め完了。ティーツリー、鎮静香を」

「了解――!」


 


 短い詠唱のあと、

 風のような香りが駆け抜け、黒い影は霧散した。


 


 静寂。

 空気に残るのは、戦いの熱と、薄いミントの清涼だけ。


 


「……終わった、のか?」


「完全に鎮静した。よくやった」

 ペッパーが深く息を吐き、視線を俺に向ける。


 


「スペア。あの“蒸留結界”――今のは……」


「香りを混ぜて整えるだけ。みんなの香気が、少しずつずれてたから」


 


 俺の言葉に、ペッパーの表情がわずかに和らぐ。

 その奥に、確かな驚きと誇りが見えた。


 


「……お前、本当に“戦わない香り”なんだな」


「それでも守れたなら、十分でしょ?」


 


 ティーツリーが小さく笑う。

 「まったくだ。あんな香気の暴走、俺たちだけじゃ抑えられなかった」


 パチュリもうなずく。

 「調律士の名は伊達じゃないね。まるで呼吸を合わせてくれるようだった」


 


 その言葉に、胸が少し熱くなる。

 “仲間”として認められた気がした。


 


 ペッパーは近づき、俺の肩に手を置く。

 胡椒の香りが、やわらかく胸を撫でた。


 


「……もう後方じゃなくていい。

 お前は、俺たちと並んで“戦える”」


 


「……ありがとう、ペッパー」


 微笑むと、彼の表情がわずかに崩れた。

 口元に、ほんの少し照れたような影が落ちる。


 


(……この人、やっぱり表情に出ると可愛いんだよな)


 


 戦いの夜は静かに終わり、

 香奏院の空に、ミントと胡椒の香りが溶けていった。



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