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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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32/83

4-5

 香奏院・異香班訓練室。

 外の喧騒が嘘みたいに静かで、

 香陣の光だけが、ゆるやかに脈を打っていた。


 


「……おい、ほんとに訓練なのか?」

 俺は引きずられてきたまま、ため息混じりに言った。

 ペッパーは無言で香陣の中心に立ち、手で“こっちに来い”と合図する。


 


「文句は後にしろ。香気の乱れを整えるのが先だ」


「いや、整えるって言う割に、さっきから目が怖ぇんだけど」


 


 ペッパーは返事をしない。

 ただ、ゆっくり歩み寄ってくる。

 足音も、香りも、静かに俺を包み込んだ。


 


「……今日の教室、騒がしかったな」


「え? ああ……まあ、ちょっとな」


「“ちょっと”か?」


 ペッパーの声が低く落ちる。


 


「お前の名前、どこ行っても聞こえてたぞ。

 “異香班と香水結びした精油”だとか、“奇跡のブレンド”だとか」


「いや、それは……オレンが広めたんだよ!」


 


「そうか。

 ――だが、あいつだけじゃない。

 みんな、お前に触れようとしていた」


「……触れようって、言い方やめろよ」


 


 ペッパーの眉がわずかに動く。

 胡椒の香りが、空気を締めつけた。


 


「異香班と香水結びできた精油なんて、前例がない。

 お前が特別なのは分かっている。

 ……だが、“特別”を理由に誰とでも混ざるな」


「……なにそれ。まるで嫉妬してるみたいな言い方だな」


「してる」


 


 あまりにもあっさりと言われて、息が詰まる。


 


「……今の、冗談だよな?」


「本気だ。

 さっきの教室で、誰かの香りがまとわりついたお前を見たとき……

 喉が焼けるように熱くなった」


 


 ペッパーが一歩近づく。

 膝が触れ合いそうな距離。

 息が、互いの唇の間で溶けた。


 


「この距離で、俺の香りだけを感じろ」


「……訓練って言いながら、完全に恋人の距離だろ」


「恋人……?」


 ペッパーのまつ毛が震える。

 その言葉を反芻するように、ゆっくりと目を細めた。


 


「……悪くない距離だな」


「おい、それ認めんなよ!」


 


 思わず声を上げると、ペッパーの手が俺の頬を包んだ。

 その手つきは優しく、でも拒めないほどに確かだった。


 


「お前の香りが、俺の境界を壊す。

 触れるたびに、冷静でいられなくなる」


「……お前がこんなこと言うなんて、想定外すぎる」


「俺もだ」


 


 胡椒の熱が、呼吸の間に満ちていく。

 香陣の光がかすかに揺れ、空気が震えた。


 


「……混ざりたくないのに、混ざっていく。

 それが一番厄介なんだ」


「……でもさ」

 俺は小さく笑う。

 「俺は、嫌じゃないけどな」


 


 ペッパーの瞳が見開かれる。

 その一瞬で、防香陣がふっと光を放った。

 胡椒とミント――ふたつの香りが、ひとつに旋回していく。


 


「……訓練は終わりだ」

 ペッパーはそっぽを向いて言った。


「ほんとかよ。途中から完全に訓練じゃなかったけど」


「気のせいだ」


 


 そう言い残し、ペッパーは背を向ける。

 けれど、歩き去る彼の背中からはまだ、熱い胡椒の香りが漂っていた。


 


(……やっぱりこの人、“訓練”を口実にしてるよな)


 胸の奥でミントがふわりと広がる。

 香りの余韻だけが、恋人未満の距離で揺れていた。


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