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翌朝の香奏院は、まるで学園祭でも始まったみたいに騒がしかった。
どこへ行っても、誰かが俺の名前を呼ぶ。
いや、正確には――「異香班と香水結びしたスペアミント」の名前を。
「スペアくんっ! 本当にブラックペッパーと香水結びしたの!? すごい!!」
ラベンダーが両手をぱたぱた振りながら駆け寄ってくる。
「なっ、なんでその話知ってんの!?」
「オレンが言ってたよ!“俺の同室は異香班にまでモテるんだぜ”って!」
「オレン……!!!」
振り返ると、教室の後ろでオレンがパンを頬張っていた。
「だって隠してもバレるだろ? なら先に俺が広めた方が得じゃね?」
「なにが“得”だよ!? おかげで今、俺の席までたどり着けねぇんだけど!?」
案の定、あっという間に囲まれる。
「次は僕とも香水結びしようよ!」
「いや、俺が先だって!」
「順番を決めよう。美しさの序列に従って」
「は? 何だよ“美しさの序列”って!!」
全方向から漂う花と果実とハーブの香り。
頭がクラクラする。
「なぁ……これ、地味に命の危険あるやつじゃね?」
オレンが苦笑いしながらつぶやいた。
「……いや、笑えねぇ。マジでスペア、最近いろんなやつと結び過ぎてねぇ?」
「は?」
「ほら、前はゼラニウムとラベンダーとの三重ブレンドだろ?
その次はジャスミン、で、最近はペッパー。
……どんだけ寝盗られてんの、俺の知らねぇとこで」
「別に寝てねぇよ!! 語弊があるからその言い方やめろ!」
「いや俺から見たらそう見えるんだよ!
同室のくせに、夜になるといっつも他の香りまとって帰ってくるしさ……!
俺の立場どこ行ったんだよぉ……!」
最後の方、ほんとに涙ぐんでいた。
柑橘の香りまで、しょっぱく感じる。
「……なんだこの空気」
俺が頭を抱えた瞬間――
廊下の向こうから、低い声が響いた。
「――訓練の時間だ」
黒いコートの裾が風を切る。
現れたのはブラックペッパー。
その目は、まっすぐ俺だけを射抜いていた。
「おはようペッパー。てか、今!? 最悪のタイミングすぎる!」
「当然だ。お前の香気はまだ不安定だ。放置できん」
「いやお願いだから今は放置してくれ!!!」
教室全体が静まり返る。
そして、空気を読まないゼラニウムがぽつり。
「“香気が不安定”って、つまり“混ざりやすい”ってことだろう?
……ふふ、やっぱり君は罪な体質だね、スペア」
「もうやめろその言い回し!!!」
混乱の中、ペッパーは俺の腕を掴んで引いた。
「行くぞ。訓練だ」
「ちょ、無理矢理すぎ!!」
その背中を、オレンが唇を噛みしめて見送る。
柑橘の香りが、微かに滲んだ。
「……俺、また寝盗られたのかよ……」
ぽつりと落ちたその言葉は、やけに寂しげで。
次の瞬間、ラベンダーが肩を叩いた。
「オレンくん、元気出して。“寝盗られ属性”も一種の才能だよ」
「うるせぇ慰めんな!!」
結局、俺はまたペッパーに引っ張られていった。
教室のざわめきが遠ざかる。
(……俺、どこ行ってもモテるっていうより、
トラブルメーカー扱いされてね?)
苦笑いしながら振り返ると、
廊下の奥でペッパーが小さく呟いた。
「……混ざりやすいのは、悪いことじゃない。
でも――俺以外に混ざるのは、面白くないな」
その声は、誰にも聞こえなかった。
けれど、俺の心臓だけが確かに反応した。
香りが一瞬、熱を帯びて揺らぐ。
――それが、恋の香りだと気づくのは、もう少し先の話。




