表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/83

4-3

 昼下がりの訓練棟。

 静かな空気の中、香陣がゆっくりと脈打っていた。


 スペアとブラックペッパーは今日も防香の実践訓練を行っていた。

 結界の中心で、胡椒の香りが淡く包み込み、

 ミントの清涼がそれをやさしく中和している。


 


「……集中しろ。

 昨日より香気の流れは安定しているが、まだ脈が甘い」


「はいはい、わかってるって」


「口じゃなくて手を動かせ」


「そんなに硬くなるなって。ほら、ちゃんと出来てる」


 


 スペアが片目を開けて笑う。

 その瞬間、空気の層がわずかに震え、

 胡椒とミントの香りがひとつの線を描いた。


 


「……っ、今の……」

 ペッパーの目が微かに揺れる。

 呼応している――互いの香気が、無意識に混ざったのだ。


 


 その時。


 訓練室のドアが勢いよく開いた。


 


「……よっ!︎︎スペア、黒胡椒、お疲れ!」


 


 軽い声とともに入ってきたのは、オレン。

 肩にはタオル、片手にはジュースの缶。


 


「お前らばっかイチャイチャ訓練してんのずるいからさ。

 俺も“監視の仕返し”に来た」


「……監視の仕返し、ってなんだ」

 ペッパーが呆れたように眉を寄せる。


「昨日まで“監視だ監視だ”って部屋まで来てたのはどこの胡椒だよ。

 今日は俺が見張る番でいいだろ!」


 


 スペアが笑いを堪えながら手を振る。

 「まあまあ、オレン。邪魔しないで。今いい感じなんだから」


「いい感じって何だよ、その言い方!」


 


 軽口が交わされる中、

 オレンの視線がふと机の端に止まる。


 


「……ん? これ、なんだ」


 


 訓練台の上に、一本の小瓶が置かれていた。

 中では液体が淡く光り、ミントとスパイスが絡むように揺れている。


 


 オレンの表情が一瞬で真剣になる。


「……ペッパー。

 これ、“禁香”だろ」


 


 空気が凍る。

ペッパーの肩がわずかに強張り、スペアが振り向いた。


「禁香……?」


 


「異香班と献上側の香水結びは禁止だよな。

 混ざれば暴走する危険がある。

 ――これ、完全にアウトだろ」


 


「……待て、オレン」

 ペッパーの声が低く響く。

 だが、オレンは一歩も引かず、真正面から言い放った。


「お前、スペアに執着しすぎてる。

 “監視”とか言い訳して、実際は混ざりたくて仕方ないんじゃねぇの?」


 


「違う。

 これは……防香だ。彼を守るための結界――」


 


「言い訳すんなよ。

 香りが混ざってる時点で、“防香(ぼうこう)”じゃなく“香水(パルファン)”だ」


 


 スペアは二人の間に立とうとするが、

 胡椒の香りがわずかに苦く変化し、空気が張り詰めた。


 


「……悪いけど、調香師様に報告する。

 ルールはルールだろ」


 オレンの声には怒りというより、

 “友を守りたい焦り”のような響きがあった。


 彼は瓶を掴み、そのまま訓練室を出て行った。


 


 残されたのは、気まずい静寂。


 


「……俺のせい、だよな」

 スペアが小さく呟く。


「違う。

 俺が抑えきれなかっただけだ」


 ペッパーの声には、微かな悔しさが滲んでいた。

 握り締めた掌が、かすかに震える。


 



---


 


 調香師様の執務室。

 光を透かす香陣の中心で、香気が静かに渦を巻いていた。

 オレン、スペア、ペッパー――三人が並ぶ。


 


「禁香、ですか。……久しく聞かぬ言葉ですね」

 調香師様の声は静かで、澄んでいた。

 オレンが一歩前に出る。


 


「はい。異香班であるブラックペッパーと、

 献上側のスペアミントの香水です。

 規律違反に該当すると思われます」


 


「確かに、異例な事態ですね」

 調香師様は瓶を手に取り、そっと光にかざした。

 液面が淡く震え、緑と金の粒子がゆらゆらと交わる。


 


「……この香り。

 混ざり合っているのに、乱れがありません」


「え……?」

 スペアが思わず声を漏らす。


 


「通常、異香班と献上側の香水結びは互いを打ち消します。

 しかし、これは違いますね。

 防香と調香が同調している……まるで、新しい層を生み出しているようです」


 


 ペッパーがはっと顔を上げる。

 調香師様は静かに微笑まれた。


 


「ブラックペッパー。

 これは罰すべき“禁香”ではございません。

 戦いにおける――新たな可能性です」


「……え?」


 


「あなた方が生み出したこの香水は、

 異香班と献上側の協調を証明しています。

 混ざることを恐れず、調律できる者がいれば、

 香気の乱れを安定させ、穢香への抵抗力を高めることができる。

 それを示した功績は、決して小さくはありません」


 


 オレンが驚いたように口を開く。


「……じゃあ、罰はなし、ってことですか?」


 


「罰する理由はございません。

 むしろ、称賛すべきことです」


 


 ペッパーは信じられないような顔をした。

 それでもすぐに姿勢を正し、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 


「ただし、スペアミント」

 調香師様がこちらを向く。

 「あなたの香気は混ざりやすく、危険でもあります。

  ですが――それが皆を繋げる力にもなるのです。

  あなたには、異香班特例として“香気調律士”の役目を任せましょう」


 


 スペアは驚きながらも、真剣に頷いた。


「俺が皆を守る力になれるなら……やってみたいです」


 


 その言葉に、ペッパーの瞳がわずかに揺れた。

 口元には、ようやく安堵の笑みが戻る。


 


(……お前は、危なっかしいほど混ざりやすい。

 でも、その“危うさ”が、世界を救うかもしれない)


 


 調香師様はゆっくりと頷かれ、香陣を閉じられた。


 


「――禁香を、赦します。

 これは新しい秩序の始まりです」


 


 その瞬間、ミントと胡椒の香りが静かに広がる。

 まるで二つの香りが、正式に“同じ世界で息をしてよい”と

 認められたように――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ