4-1 禁香と胡椒の独占欲
夜の寮棟。
部屋のドアを開けた瞬間、背後から――ぬっと黒い影が滑り込んできた。
「……おいペッパー。まさかお前、部屋まで来る気じゃねぇよな?」
「当然だ。監視対象から離れるわけにはいかない」
「いや監視って……ここ俺の部屋なんだけど!?」
「知っている」
「知ってて来るなよ!!」
そのやり取りに、部屋の奥でくつろいでいたオレンが顔を上げた。
柑橘の香りをまとったタオルを肩にかけたまま、目を丸くする。
「……おかえり、スペア。……って、は? なんで異香班と一緒なんだ?」
「いや俺が聞きたいんだけど!? 勝手に監視ついてきた!!」
「監視中だ」
「ほらな!? 勝手に!!!」
オレンが額を押さえる。
「……マジで異香班って何考えてんだ……。香りより神経の方が張り詰めてんじゃね?」
「張り詰めていない」
「会話のノリも張り詰めてんだよ!!!」
俺は深く息をついて鞄を置く。
「とりあえず……風呂は無理だから、圧搾法の抽出やるか」
「お、助かる!」
オレンが明るい声で返した。
「また俺がやるのかよ。……今日は声出すなよ」
(ちらりとペッパーを見る)
「なんで俺が怒られんの!?」 オレンが苦笑いを浮かべる。
「……だってさぁ、監視つきで“絞る”とか、変な空気になるだろ」
「確かに……いやマジでなんだこの状況」
オレンは袖をまくり、柑橘の光を帯びた腕を差し出す。
俺は掌をそっと当て、一定のリズムで圧をかける。
ジュッ――と、柔らかい音を立てて香りが弾けた。
甘く酸味のある柑橘と、淡い葉の苦味が混ざる。
その香気を包み込むように、ペッパーの胡椒が静かに重なる。
スパイスの熱が、空気の奥でほんのり火花を散らす。
「っ……あ、ん……もっと、そこ……!」
「だから声出すなって言っただろ!!」
「ち、違っ……くすぐったいだけだから!!」
「その顔で言うなぁ!!!」
背後ではペッパーが腕を組んで見守っている。
その無表情さが逆にプレッシャーだ。
「……おい異香班。圧搾法の監視って必要か?」
オレンがぼやく。
「安全のためだ」
「どんな危険があるってんだよ!? 香りテロか!?」
「あり得る」
「いやねぇよ!!」
それでもどうにか抽出は成功した。
小瓶の中で、黄金色の液体がゆっくり揺れる。
月光を受けて、まるで宝石のように光った。
「ほら、ちゃんと出た。……やっぱお前、リズムいいな」
「言い方やめろ、誤解される」
ペッパーがわずかに眉をひそめる。
「“兄弟以外に圧搾”は基本的に非推奨だ」
「冷静に分析するな!!!」 オレンが頭を抱えた。
「じゃ、これであと寝るだけだろ? 監視も解除で――」
「続行だ」
「え、なんで!? もう安全確認済んだじゃん!」
「睡眠中も安定を保つ必要がある」
「つまり……お前、まさか寝るのも一緒に!?」
次の瞬間。
ペッパーは当然のようにベッドの真ん中へ腰を下ろした。
「ちょっ!? お前何してんだよ!!」 オレンが全力で制止する。
「観測位置を確保しているだけだ」
「観測て!! 寝る気満々じゃねーか!!!」
俺はもう笑いをこらえるのを諦めた。
「……やっぱ、束縛激しい彼氏じゃねぇか」
その一言で、ペッパーの耳が一瞬で真っ赤になった。
「ち、違――っ! 俺は任務で……!」
「はいはい、はいはい」
オレンが呆れ顔で布団を引き寄せる。
結局その夜、ベッドの真ん中で寝たのはペッパー。
柑橘と胡椒、そしてミントの香りが重なり、
空気は少し熱を帯びていた。
(……なんでこんな大真面目なんだよ)
そう思いながら、俺は笑いをかみ殺して目を閉じた。
夜の静けさの中、三つの香りがゆっくりと混ざり、
夢の境界線まで柔らかく滲んでいった。




