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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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27/83

3-11

 翌朝。

 訓練室の空気は、昨日と同じはずなのに、どこか重かった。


 ミントと胡椒――昨日混ざってしまった“禁香”の名残が、

 まだこの部屋の奥に沈んでいるようで、息をするたび胸の奥がざわつく。


 


「……おはようございます」


 声が少し掠れた。

 ペッパーは机の書類を整えたまま、視線をこちらに向けない。


 


「昨日の件は、記録に残さない。

 異香班として香気干渉の報告義務はあるが……今回は“訓練中の事故”とする」


 


「……事故、ね」

 思わず苦笑が漏れる。

 「まぁ、確かにあれは想定外だったけど……」


 


「いいか、スペア」

 ペッパーの声が低くなる。

 「昨日のことは、誰にも話すな。

  異香班と献上側の香気が混ざったとなれば、問題になる」


 


「問題って……別に、悪い香りじゃなかったじゃん」


「香りの善し悪しではない。……規律の問題だ」


 


 冷たく言い放った声の奥に、

 焦りにも似た熱が微かに滲んでいた。


 


「俺は、異香班のリーダーだ。

 感情に流されて香気を乱すわけにはいかない」


 


「……でも、流されてたよな、昨日」


 その言葉に、ペッパーの肩がぴくりと揺れる。


 


「……お前は、ほんと無遠慮だな」


「悪かったな。俺、そういうとこあるから」


 軽く笑って近づこうとした瞬間――


 


「来るな」


 鋭い声が、空気を裂いた。

 ペッパーの指先から黒胡椒の香気が立ち昇る。

 それは壁のように彼の周囲を包み込み、

 自分自身を守る結界のように震えていた。


 


「昨日のようなことは二度と起こさない。

 異香班としての俺は……お前に触れるべきじゃない」


 


「……触れるべきじゃない、ね」


 足を止めた瞬間、胸の奥の香りがきゅっと締めつけられる。


 


「なあ、ペッパー。

 俺さ、別にお前の足引っ張るつもりとか、ないんだよ。

 ただ――あの香り、すげぇ良かったと思ってるだけ」


 


「……良かった?」


「うん。あれは、誰かを守る香りじゃなくて、

 “誰かと生きる”香りだった。……そう思った」


 


 ペッパーの瞳が、ゆっくりこちらを向く。

 冷静さと迷いが、薄い膜のように揺れていた。


 


「お前の言うことは、時々……本当に危険だ」


「危険って?」


「――俺の理性を壊す」


 


 その一言が、胡椒の香りを震わせた。

 ペッパーの手が、胸の前で握られた拳をゆっくり開く。

 香気の壁がふっと溶け、代わりに甘い残香が漂う。


 


 彼の中で、また混ざり始めていた。


 


「……やっぱり、隠せねぇな。

 香りって、心の奥まで出るもんな」


 


 俺の言葉に、ペッパーは目を細めた。

 その瞳は苦しげで、それでもどこか穏やかだった。


 


「スペア。……お前がこのまま“献上側”にいられるとは限らない」


「え?」


「万能適応型の香気は、穢香にも通じる。

 お前が今後、誰かと深く混ざれば――それだけ危険も増す」


 


「じゃあ……どうすればいい?」


「――俺が監視する」


 


「監視って……束縛激しい彼氏かよ」


 


 その軽口に、ペッパーが一瞬だけ目を瞬かせた。

 そして、ほんの少し顔を背ける。


 


「……軽口を叩くな。これは任務だ」


「でも、顔が真っ赤だぞ」


「黙れ」


 


 そのやり取りの間にも、

 ミントと胡椒の香りが静かに絡み合う。

 離れようとするたび、空気の奥でふわりと結び直されるようだった。


 


(……理性も規律も、香りには敵わないんだな)


 


 そう思いながら笑う。

 けれど胸の奥で確かに――

 “禁忌の甘さ”が、もう止まらなくなっていた。


 


 ペッパーの黒い香気が、

 ミントの清涼を抱きしめるように揺れる。


 その香りは、罪のように美しかった。


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