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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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21/83

3-5

 翌朝、香奏院は久しぶりに穏やかだった。

 昨夜の穢香騒ぎが嘘みたいに、空気が澄んでいる。


 でも俺だけは、心臓がまだ落ち着いていなかった。


 


「おい、スペアミント。

 調香師様がお呼びだそうだ」


 


 職員棟の前でローズマリーに呼び止められた瞬間、心臓が止まるかと思った。


(呼び出し!? 俺、なんかやらかしたか!?)


 


 昨日の戦闘のことが頭をよぎる。

 勝手に蒸気を出して場を安定させたのは、確かに規格外の行動だった。


 やばい。これは減点イベントかもしれない。


 


 案内された調香師室は、静謐そのものだった。

 香料棚の奥、白い衣をまとった調香師様がこちらを見つめている。


 


「昨夜の穢香鎮静、誠に見事でございました」


 


 その一言に、思わず固まる。


「えっ……叱られないんですか?」


「叱る理由などございません。むしろ、称賛すべきことでしょう。

 “戦わずして香りを整えた”――それは、新たな献香術の形でございます」


 


 まるで褒章イベントみたいな展開に、脳内でファンファーレが鳴った。


(え、これ褒められルート!? まさかの功績ポイントゲット!?)


 


「……しかし、力を扱うには学びが必要です」


 調香師様の指先がゆっくりと動く。

 そこから、胡椒のような鋭い香りが立ちのぼった。


 


「あなたには、“異香班”の指導を受けていただきます。

 指導役は――ブラックペッパーです」


 


「は!?」


 


 目を丸くした俺に、調香師様は静かに頷いた。


 


「彼は穢香の鎮静に長けております。

 しかし同時に、“混ざらない香り”を持つ者でもあります。

 あなたのような適応型とは正反対の存在。

 互いを学び合うには、実に良い組み合わせでしょう」


 


(完全に裏ルート解放されたやつだ……!)


 


 部屋を出るとき、心臓の鼓動が止まらない。

 ブラックペッパーと“個人レッスン”。

 その言葉の響きだけで、胃が痛くなりそうだった。




---


 


 夜。

 寮に戻ると、オレンがベッドに腰かけて待っていた。

 いつもより穏やかな笑顔で、俺を見上げてくる。


 


「お前、今日呼び出されてたな。

 異香班の指導ってマジか?」


 


「……うん。ペッパーさんに習うことになった」


 


「へぇ。やるじゃん、“献上側(けんじょうがわ)”のくせに」


 


 そう言って、オレンが軽く笑う。

 その笑い方が妙に優しくて、逆に落ち着かない。


 


「……惚れ直したぜ」


 


「なっ――!?」


 


 顔が一気に熱くなる。

 オレンはにやにや笑いながら、ベッドに寝転んだ。


 


「だってよ、お前。戦えないとか言ってたくせに、

 結果的に全員助けたんだろ? かっけーじゃん」


 


「いやいや、かっこよくないから!

 ていうか惚れ直したとか、そういうセリフ普通に言うなよ!」


 


 掛け布団を引き寄せて頭を抱える。

 Wベッドの中、距離が近すぎて逃げ場がない。


 


「……結局、全ルート分岐解放しちまった……」

 小さく呟く。


「は?」


「いや、もういい……姉ちゃんでいいから助けてくれ……!」


 


 隣でオレンが吹き出した。

 その笑い声が妙にあたたかくて、

 なんだか悔しいのに、ちょっと救われた気もした。


 


(ほんとに……どんなルートでも、気が抜けねぇ……)


 


 ベッドランプの明かりが落ちる。

 柑橘とミントの香りが、夜の空気にゆっくりと溶けていった。



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