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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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19/83

3-3

 図書館での再会のあと、ジャスミンに案内されたのは――

 香奏院でも限られた生徒しか入れない特別室、香水生成演習室だった。


 


 夜の光が大きなガラス窓から差し込み、

 透明な机と整然と並ぶ香料瓶が静かに光る。

 歩くだけで、いくつもの香りが重なり合っていった。


 


「ここなら、邪魔が入らないわ」


 ジャスミンは指を軽く鳴らす。

 次の瞬間、空気が変わった。

 防香の結界が張られ、香りの流れがぴたりと整う。


 


「本当に……ここで香水作るの?」


「ええ。香りは静寂の中でこそ混ざるもの。

 外の音も気配も、今は全部“消した”わ」


 


 ランプの光に照らされる横顔は、まるで絵画みたいだった。

 瓶を持ち上げる指先、揺れる液体。

 それだけで空気が華やぐ。


 


「あなたの香りを、もう一度感じてみたかったの」


 


 そう言って、ジャスミンは俺の手を取る。

 手首に触れた指が、静かに脈を測る。

 鼓動と同じリズムで、空気がふるえた。


 


「……やっぱり。変わらないわね。

 あなたの香りは風のよう。形を持たず、何にも縛られない」


 


 その声に、わずかな羨望が混じっていた。


 


「私の香りは強すぎるの。

 誰かと混ざると、相手の香りをすべて“塗り潰してしまう”。

 どんな相手も、結局、私の中で消えてしまうの」


 


 ジャスミンは小瓶を机に置く。

 淡い液体が月光を反射してきらめいた。


 


「強すぎる香りは、時に“支配”になる。

 包み込むほど、相手が見えなくなる。

 ――だから私は、誰とも香水を作れなかった」


 


 その静けさに、息を呑む。

 美しいものほど、孤独を抱く。

 “香りの貴族”と呼ばれる彼が、こんな寂しさを語るなんて。


 


「でも、あなたは違った。

 あなたの香りは、私を拒まなかった。

 濁らず、消えず、ただ隣で寄り添ってくれた」


 


「……だから、俺にもう一度香水を?」


 


「ええ。私の香りが誰かと共鳴できるのか、確かめたいの。

 ――あなたとなら、できる気がするの」


 


 微笑む瞳が、祈るように揺れていた。


 


「……わかった。俺でよければ」


 


 返すと、彼の表情がぱっと明るくなる。

 ランプの光が髪に反射し、淡い金の粒が散った。


 


「ありがとう。さあ――始めましょう」


 


 瓶から注がれる液体。

 香料が混ざるたび、花と風の層が重なっていく。


 


「……濁らない」

 ジャスミンが息を呑む。


「こんなに純粋に混ざるなんて……信じられない」


 


 その声は、驚きよりも安堵に近かった。

 香りが、ふたりの鼓動をつなぐように広がる。


 


「あなたがいると、私は“支配者”じゃなくなるのね」

 ジャスミンが静かに笑う。


「私の香りを、美しくしてくれるのは――あなたなのかも」


 


 その瞬間、瓶の中で淡い光が揺れた。

 香りが完成を告げるように。


 


 だが、同時に――

 空気の端で、胡椒のような刺激が混ざった。


 


(……この匂い……ブラックペッパー?)


 


 振り返る。誰もいない。

 それでも、背筋に冷たいものが走る。


 


「ありがとう、スペアミント。

 あなたの香りが、私を“ひとり”から救ってくれた気がするわ」


 


 ジャスミンの微笑みは、春の夜風のようにあたたかい。

 けれど、その甘さの奥に――

 確かに“スパイスの影”が混ざっていた。


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