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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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2-6

 調香室の空気が、ぴんと張りつめていた。

 四人の視線が交錯して、香りの層がぶつかり合う。

 柑橘、薔薇、ハーブ、ミント――

 まるで戦場みたいに、甘く、熱く、息が詰まるほどに濃かった。


 


 調香師はゆっくりと歩み寄ると、机の上の二つの瓶を見比べた。


 一本は、ゼラニウムとラベンダー、そして俺――スペアミントの香水。

 もう一本は、オレンジと俺の香水。


 


 どちらも、夜に生まれた香り。

 けれど、意味はまったく違う。


 


 調香師はまず、Aの瓶を手に取った。

 淡い紫色の液体。光の角度で、わずかに銀がかった色に見える。


 その瓶の蓋を開けた瞬間――空気がふっと変わった。


 


 ラベンダーの落ち着き。

 ゼラニウムの誇り高い甘さ。

 そこにミントの清涼が混ざって、全体がやわらかく整う。


 


「……繊細ですね。感情が波のように寄せては返している」


 調香師が静かに呟く。

 「深い絆のあとに残る静けさ。しかし芯には確かな呼吸がございます。

 ミントの冷たさが、ふたりの熱をやさしく支えているのですね」


 


 ラベンダーとゼラニウムが、はっと顔を上げた。

 互いに見つめ合って、言葉を失う。


 それは、褒め言葉だった。

 けれど、俺の香りを“支え”と表現したことで、何かが伝わった気がした。


 


 次に調香師は、Bの瓶を取った。

 透きとおるような琥珀色。

 蓋を開けた瞬間、今度はあたたかい風が流れる。


 


 オレンジの陽だまりみたいな明るさ。

 ミントの爽やかさがその輪郭を引き締め、甘い余韻を残していく。


 


「こちらは……生きておりますね」

 調香師が微笑む。

 「日常の温度、信頼、安らぎ。

 柑橘の優しさを、ミントがまっすぐに押し出している。

 混ざることで、それぞれが“自分の良さ”を素直に出しておられる」


 


 オレンが小さく息を呑む。

 その横顔が、どこかほっとしたように見えた。


 


 調香師は、ふたつの瓶を並べて静かに言った。


 


「どちらも、素晴らしい香りです。

 どちらも、ミントが中心にあるからこそ完成しているのですね」


 


「えっ……俺が……?」


 


 思わず声が漏れた。

 けれど調香師は頷いたまま、やさしく続ける。


 


「ラベンダーとゼラニウムの香りは、ミントがあったからこそ調和いたしました。

 オレンジの香りも、ミントがあることで芯を保てている。

 ――あなたは、混ざり合うことで“違いを活かす”香りなのです」


 


 その言葉が、まっすぐ胸の奥に響いた。

 俺の存在が、誰かを支えたり、繋いだりできる。

 そんなこと、考えたこともなかった。


 


「ですから、優劣などつける必要はございません」

 調香師は柔らかく微笑んだ。

 「香りは競うものではありません。

 異なる香りがあるからこそ、世界は豊かになるのです」


 


 沈黙。

 誰もが、ふっと息を吐いた。


 


 オレンが隣で小さく笑う。

 ラベンダーは気まずそうに視線を逸らし、ゼラニウムは腕を組んだまま「……ふん」と鼻を鳴らした。


 


 でも、その頬は少しだけ赤い。


 


(……みんな、ほんと負けず嫌いだな)


 


 そんなことを思いながら、俺は二つの瓶を見つめた。


 どちらの香りにも、自分がいて。

 でもどちらも、同じじゃない。


 


 調香師が最後にぽつりと呟いた。


 


「“香りは心”。

 あなた方は、それをよくご存じのようですね」


 


 朝の光が差し込み、瓶の中で金と紫が静かに揺れた。

 それは、争いのあとに残った――確かな調和の色だった。


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