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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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13/83

2-5

 翌朝。

 香奏院の献上室には、朝日とともにさまざまな香りが満ちていた。

 各精油が調香師に自分たちの香水を差し出す――

 本来なら静謐で神聖な儀式のはずだった。


 


 俺とオレンは並んで立ち、昨夜生成した香水を瓶に詰めて持ってきていた。

 透明なガラスの中で、淡い金色の液体が光を反射する。


 柑橘とミントの香りがふわりと漂って、思わず胸が熱くなる。


 


「……落ち着けよ、スペア。別にやましいことしてるわけじゃないし」


「いや、十分やましいと思うけど!? 香水の生成方法的に!」


 


 昨夜の出来事を思い出した瞬間、顔から火が出そうになった。

 オレンは平然とした顔で瓶を掲げ、

 「俺たちの香り、完璧だろ」と言わんばかりに自信満々だ。


 


 そして、ドアが開いた。


 


「失礼しま――」


 


 ――そこに現れたのは、ラベンダーとゼラニウムだった。

 二人の手にも、薔薇とハーブにミントの香りが混ざったガラス瓶。


 同じタイミングでの献上。最悪の鉢合わせ。


 


「……」

「……」


 


 空気が、一瞬で張りつめた。


 


「……おや、朝からご機嫌そうだな。オレン」


 ゼラニウムの笑みが、氷みたいに冷たい。


「君たち、同室で“調香の練習”とは、ずいぶん親密なことだね」

 ラベンダーの声も穏やかだが、どこか刺さる。


 


 オレンの頬がぴくりと動いた。


 


「お前らこそ、夜中に“二対一”ってどういうつもりだよ。

 同居人がいない隙に持ってくとか、やり口が汚ぇな」


 


「なっ……!」

 ゼラニウムの眉が跳ねる。

 ラベンダーは苦笑を浮かべたまま目を細めた。


 


「誤解しないで。あれは儀式的な“香水結び”だったんだ。

 ――純粋に、香りの融合を追求しただけ」


 


「ははっ、それを寝盗りって言うんだよ」


 


 オレンの口調に皮肉が混ざる。

 そして俺の肩をぐっと引き寄せた。


 


「調香師様に捧げる香りなら、誰にも負けねぇ。

 一番のパートナーは同室の俺だからな」


 


 言い切って、俺を腕の中におさめる。

 肩口に触れたオレンの指先が、昨日よりも少し熱かった。


 


「……っ、お、おいオレン、離せって!」


 


 しかしゼラニウムがすかさず前に出る。

 薔薇の香りが一気に濃くなり、空気が甘く張り詰めた。


 


「ふざけるな。調香師様が求めているのは“深度のある香り”だ。

 昨夜、私たちが生成した香水は――すでに完成している」


 


 ラベンダーも隣で静かに微笑む。

 「君と僕たちの香りは、運命的に調和してる。

  ねぇ、スペア……昨夜のこと、まだ覚えてるよね?」


 


「ちょ、ちょっと! みんな落ち着いて!?」


 


 焦る俺をよそに、三人の香りがぶつかり合う。

 ミント、柑橘、薔薇、ラベンダー――


 まるで香りの戦場だ。


 


「おいおい、部屋の空気が重いって!」


「黙ってて、スペア」

「今はどっちの香りが優れているか、決めるだけだ」


 


 オレンのオレンジティーの香りが強くなる。

 対抗するように、ゼラニウムの薔薇が濃く香り、

 ラベンダーの穏やかな香りがその隙を縫う。


 温度が上がる。空気が震える。


 


(やばい、このままだと調香師様が来たとき倒れるんじゃ……!?)


 


 焦る俺の耳に、廊下から足音。

 扉が静かに開かれた。


 


「――静かになさい。香りが乱れておりますよ」


 


 調香師(主人)が現れた瞬間、空気が一変した。

 その声は穏やかで、しかし誰も逆らえない静かな圧を帯びている。


 


 全員がぴたりと動きを止める。

 香りがふっと収束し、朝の光の中で揺れた。


 


 調香師は、ゆるやかに室内を見渡しながら言った。


 


「なるほど……興味深いですね。

 これほど異なる香りが、同じ空間で衝突しながらも形を保っているとは」


 


 四人の精油が息を呑む。

 調香師は穏やかに続けた。


 


「どちらが優れているかを、私が選ぶことはいたしません。

 ――香りそのものに、決めさせてみましょう」


 


 柔らかい口調なのに、抗う余地のない響き。

 その声が空気を震わせ、香りの粒子までもが静まり返る。


 


(……お願いだから、爆発だけはやめてくれ……)


 


 ミントと柑橘、薔薇とハーブ。

 四つの香りが、混沌と混ざり合っていた――。



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