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姉のBLゲームの世界に転移したけど、“スペアミント”の俺は香りの終焉を止めに行く 〜香奏院とヴァイオレット・ノート〜  作者: あしゅ太郎


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2-2

 夜の香奏院。

 香水献上祭の喧騒も過ぎ、校舎の明かりがゆっくりと落ちていく。


 その静けさの中で、俺の部屋のドアをノックする音がした。

 扉の向こうに立っていたのは、ラベンダーだった。


 


「スペア、今夜……少し時間ある?」


「え、ああ。どうした?」


「香りの調整をしたいんだ。君の香りが必要で」


 


 彼の隣には、ゼラニウムもいた。

 いつものように落ち着いた表情で、ただ一言。


 


「君を呼びに来た。少し、協力してほしい」


 


 部屋を見回すと、同室のオレンの姿はなかった。

 「今日はレモンの部屋に寄っていく」なんて言っていたのを思い出す。


 部屋の中は珍しく静かで、香りも薄かった。


 


(……ま、どうせ暇だし。行ってみるか)


 


 断る理由もなく、俺はふたりに連れられていった。

 向かったのは、ラベンダーとゼラニウムの同室の部屋。


 普段は植物と試験瓶の香りで満たされているはずの空間が、

 今夜はいつもよりずっと――濃かった。


 


 扉を開けた瞬間、熱を孕んだ空気が肌を撫でた。

 ラベンダーの甘い香りと、ゼラニウムの深い薔薇の香気が絡み合い、

 呼吸するだけで体温が上がっていく。


 


「来てくれてうれしいよ」

 ラベンダーの声が、吐息のように耳をくすぐる。


 


(いや、俺……来たくて来たわけじゃない)

 そう思ったはずなのに、ドアを閉めたのは俺だった。


 


 紫の灯りに照らされた部屋。

 ラベンダーが香油の瓶を手に取り、ゼラニウムが香陣を描く。


 どこかで心臓の鼓動が混じる音がした――たぶん、俺の。


 


「力を抜いて」

 ラベンダーが俺の手を取る。


 その掌が、驚くほど熱かった。


 


 喉元に落ちた香油が、一滴、肌の上を滑る。

 その軌跡をラベンダーの指が辿るたび、

 冷たさと温かさが交互に刺さってくる。


 


「……ミントの香り、シャープだね。

 息を吸うと、胸の奥まで沁みてくる」


 


 ゼラニウムが背後から低く囁く。

 その声が耳に触れただけで、全身が反応した。


 


「……お前ら、これ本当に調整か?」


 


「もちろん」

 ラベンダーが笑う。


 「でも、香りは理屈じゃない。

 混ざる瞬間が、一番美しいんだ」


 


 指が肩をなぞる。

 ゼラニウムの手が背中を支え、ラベンダーの香りが頬を包む。


 ふたりの呼吸が近すぎて、どちらの熱かわからなくなっていく。


 


「……感じる?」

 ラベンダーの囁きが耳に落ちる。


 「今、僕たちの香りが君の中で混ざってる」


 


 息を吸う。

 ミントと薔薇とラベンダー。

 そのすべてが絡み合って、空気さえ甘くなる。


 


「まるで――同じ鼓動をしてるみたいだ」

 ラベンダーの言葉に、ゼラニウムが微笑む。


 


「そうだな。もう誰の香りか、わからない」


 


 香気が一瞬、光に変わる。

 脈打つように室内を巡り、三人の輪郭を淡く照らした。


 


 その一瞬、俺は確かに、自分という境界を忘れていた。

 けれど、不思議と怖くはなかった。


 


(……この世界で、俺は確かに“生きてる”)


 


 ラベンダーが囁く。

 「これが“香水結び”……僕らの香りは、もう離れられない」


 


 ゼラニウムが頷く。

 「お前がいると、新しい香りが完成する」


 


 ――なら、それでいい。


 名前が呼ばれなくても。

 “スペア”としてでも。


 


 三人で作った香りは、

 瓶の奥で、淡い温度をたたえながら、

 夜が明けても消えずに漂い続けていた。


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