卵焼き派?目玉焼き派?
「あー布団! いまから買いに行って間に合うかなぁ!」
伸一郎はそう言いながら誤魔化すように席を立ったものの、現実はそう甘くなかった。
夜の商店街を駆け回ったが、どこもすでに閉店間際。結局、まともな寝具は手に入らず、伸一郎は肩を落として帰路についた。
「……ごめん。布団、用意できなかった」
「ううん、大丈夫。急に押しかけたのは私だし」
雪は小さく微笑んだ。まるで初めからこうなることを知っていたかのように、すんなりと受け入れる。
その無邪気な笑顔が、逆に伸一郎の心を乱した。
――大丈夫じゃない。
そう言いたくなる。幼馴染とはいえ、男と女が同じ部屋に泊まるなんて、冷静に考えれば普通じゃない。でも、追い出すわけにもいかないし、かといって一緒に布団に入るのも……。
「じゃあ、雪は布団使えよ。オレはこっちで寝るから」
そう言って、伸一郎は畳の上に寝転がった。敷布団なし、枕なし。高校生の時にゲームセンターで取った景品のよくわからないキャラクターの描かれたペラペラの毛布を伸一郎はそばに引き寄せた。
「それじゃ伸一郎が寒いでしょ」
「大丈夫大丈夫。オレ、こう見えて結構タフだから」
「……そっか」
雪は小さく呟くと、大人しく布団に入った。
部屋の電気を消すと、静寂が満ちる。暗闇の中で、彼女の存在が際立った。
同じ空間にいるだけなのに、意識してしまう。
布団を動かす微かな気配。彼女の呼吸。何も見えないはずなのに、そこにいることをはっきりと感じる。
寝なきゃ、と思う。だけど、眠れなかった。
「……伸一郎?」
不意に、雪の声がした。
「ん?」
「迷惑、じゃない?」
迷惑なんかじゃない。むしろ、こうして一緒にいることが嬉しいくらいだ。けれど、それを言葉にするのは躊躇われた。
「迷惑なんて……そんなわけ、あるわけないだろ」
それだけを言うのが精一杯だった。
雪は「そっか」とだけ呟くと、それ以上何も言わなかった。
暗闇の中、伸一郎はふと考える。
さっきの夕飯、麻婆豆腐、辛すぎなかったかな。雪は平気そうに食べてたけど、もっと優しい味のほうがよかったのかもしれない。
朝ごはんは何にしよう。布団は手に入れられなかったが、朝食を作る分の卵は買えた。卵焼き?目玉焼き?雪はどっちが好きなんだろう。
そんなことを考えて、妙におかしくなりそうだった。
――オレは、雪ちゃんが好きだ。
その気持ちを、伸一郎はそっと飲み込む。
隣の布団から微かに聞こえる寝息が、どうしようもなく愛おしかった。