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コーヒー

伸一郎が目を覚ました。鈍い頭痛が脳を揺らす。


(……気持ち悪ぃ)


寝返りを打とうとして、違和感に気づいた。見慣れない天井。枕の感触も、布団の匂いも、自分のものとは違う。


(あれ……?)


寝ぼけた頭で状況を整理しようとすると、タイミングよく扉が開いた。


「お、やっと起きたか」


尾口だった。


いつものスーツ姿ではなく、ラフなTシャツとスウェット。片手には皿が乗ったトレーを持っている。


「すぐ動くと吐くぞ。とりあえず、これ食っとけ」


伸一郎は寝起きのまま布団から身を起こし、トレーの上の皿を見る。目玉焼きの乗ったご飯、味噌汁、コンビニのカットサラダ。シンプルすぎる朝食だけど、今の自分にはちょうどいい。


「……いただきます」


スプーンを手に取ると、味噌汁の湯気が胃の奥に染み渡った。食欲はないが、少しでも何か入れたほうが楽になるのは経験で知っている。


ぼんやりと視線を巡らせると、部屋の様子が目に入った。


男の一人暮らしらしい、適度に片付いた空間。

ソファの上には脱ぎっぱなしのスーツのジャケット、カウンターキッチンのシンクには昨夜使ったと思われるグラスが二つ。壁際の棚には、適当に詰め込まれた雑誌や本と一緒に埃をかぶった往年の少年漫画のキャラクターのフィギュアがいくつか並んでいる。


生活感はあるが、特別なものは何もない――はずだった。


視線の端に、妙に整然とした一角があることに気づく。そこだけが不自然なほど整頓され、埃ひとつない。


白いフォトフレームが置かれていた。


「……?」


伸一郎は、ご飯を口に運ぶ手を止める。


フレームの中には、若い女性の写真。

淡く微笑んでいる、綺麗な人だった。


「……あれ。もしかして、カノジョさんの写真ですか?」


何気ない疑問だった。


けれど、尾口はふっと短く息を吐き、カップのコーヒーを口に運んだ。


「……カノジョっつーか。いや、彼女ではあるか」


尾口はそこで言葉を切ると、僅かに視線を落とす。


「15年前、東京大災害で死んだ」

「……っ」


伸一郎は、固まった。


東京大災害――。

怪人と怪獣、そして魔法少女が初めて現れ、街が炎に包まれたあの事件。


「……すみません」


思わず謝ると、尾口は気にするなとばかりに肩をすくめる。


「今さらだよ。写真を置いてるのも、ただの習慣みたいなもんだしな」


そう言って、コーヒーを一口に含んだ。

その横顔は、どこか遠いものを見ているようだった。

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