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ま、飲めよ

――いつもの店だった。


尾口先輩と飲みに行くと、決まってここに連れてこられる。駅から徒歩五分。雑居ビルの地下にある、渋い居酒屋。


暖簾をくぐると、古びた木のカウンターが迎えてくれる。壁にぎっしり貼られた短冊メニュー。

焼き魚の脂の匂い、串焼きの香ばしさ、煮込みの出汁の香り――すべてが染み付いた、落ち着く空間。


「おっ、尾口さん、いらっしゃい!」

「あいよ、いつもの」


慣れた調子で注文する尾口に、伸一郎はぼんやりとついていく。

カウンター席に腰を下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せた。


「ま、飲めよ」

「はい、はい……」


ジョッキが置かれ、乾杯もそこそこに酒を流し込む。

冷たい炭酸が喉を刺激し、胃に沈む感覚が心地よい。


気がつけば、いつものように他愛のない話になっていた。

仕事の愚痴。上司の無茶振り。

客の無理難題。

「マジでありえねぇよな」なんて言いながら、酒が進む。


「……で、オマエ、昼間の健康診断どうだった?」

「どうって……」


どうということでもない。体重と身長、雑な視力検査と尾口先輩の知り合いだというあの変な医者の問診があっただけである。


「尾口先輩の知り合いのあの、なんとかミズホ?っていうお医者さんはよく話を聞いてくれて……いい人ですね」


それは本心である。


「あれは外面だけはいいんだ」

「ひどい言い方ですね」

「オレが聞いているのはそういうことじゃなくて」


尾口の何気ない問いかけに、伸一郎はジョッキを持つ手を止めた。


「伸一郎。お前の体調の話だ」

「いや、別に……」

「誤魔化すなよ。妙にボーッとしているなと思ったら、ハイテンションの時もあるし」

「……」


適当に流そうとしたが、尾口の目が鋭くてやめた。


「……お前さ、それって藤原雪のせいなんじゃねぇの?」

「え?」

「魔法少女ってやつなんだろ?なんていうか……普通の人間とは違うだろ」

「雪ちゃんは……」


その名前を聞いた途端、伸一郎の眉間に皺が寄る。


「違いますよ……関係ないっす」


ジョッキを煽る。泡が喉を滑る。


「いや、関係あるだろ。オマエの最近の異変、どう考えてもその魔法少女と暮らすようになってからじゃねぇか」

「違うって……」


酔いが回る。

頭がじんじんと痺れる。

言葉が妙に回らない。


「……っつーか、雪がどうこうとかじゃなくて」


伸一郎は、ジョッキを置き、ぐらつく視界のまま尾口を見た。


「……雪ちゃんは、すげぇんすよ」

「は?」

「いいですか。雪ちゃんは怪人達からオレたちを守ってくれてるんですよ!16歳なんて、オレが16、17歳の時はバスケでドリブルぐらいしかしてなかったですよ。それを雪ちゃんは……」


尾口が呆れたように眉をひそめるのも気にせず、伸一郎は語り始める。


「加えて雪って、もう、なんていうか……完璧っていうか……美しいっていうか……存在自体が奇跡なんですよ。尾口先輩も雪ちゃんに会ったら必ずそう思います。雪ちゃんは施設にいるときから先生にも他の子供達にも人気で、オレがどれだけその隣を死守してきたのか、尾口先輩にはわかんないからそんなこと言うんですよ。聞いてます?」

「……お前、酔ってんな」

「酔ってないっす……マジで聞いてくださいよ」


「いや、酔ってるわ」

「雪って、誰にでも平等に接するし……こう……分け隔てなく人間を愛しているんでふよね。」

「はいはい、わかったから飲みすぎんな」


尾口は呆れたように伸一郎のジョッキを取り上げた。そのときには、もう伸一郎の意識はぐにゃぐにゃに溶けかけていた。


「うう……頭、まわんねぇ……」

「そりゃそうだろ」

「尾口せんぱぁい、オレ、歩けねぇ……」

「知るかバカ」


尾口はため息をつき、伸一郎の肩を乱暴に掴んだ。自分が誘った手前放っておくわけにもいかずに尾口は見慣れた道へと歩き始める。


「……しょうがねぇ。オレん家に運ぶか……」

「雪ちゃんぃはぁ……」

「うるさい。黙れ。お前の女の話は聞き飽きたわ」


ぼやける視界の中、尾口の顔が歪む。

そのまま伸一郎の意識は途切れた。

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