七階医務室
7階のフロアは静まり返っていた。
足音がやけに響く。
伸一郎は、自分の名前が印字された問診票を握りしめ、フロアタイルの上をぎこちなく歩いていた。
――たしかに、自分の不調を相談したかった。
でも、こんな形で健康診断を受けることになるなんて、想像もしていなかった。
昨夜の自分の様子を振り返ると、もはや他人に打ち明けていい話ではない。
「オレは雪を……幼馴染を”食べてしまいたい”と思った、なんて」
喉の奥がひやりとする。
――そんなこと、考えるはずがなかったのに。
思い出した途端、軽い眩暈がして、伸一郎は指でこめかみを押さえた。
その時。
「君が伸一郎クン?」
不意に背後から声をかけられた。
ビクリと肩が跳ねる。
――いつの間に? 足音すら聞こえなかった。
反射的に振り向くと、そこに立っていたのは伸一郎よりもやや背の低い人間。
……男か? それとも女?
顔立ちは童顔で、一見すると若くも見えるが、性別不明の雰囲気をまとっている。
何より目を引いたのは――
黒い白衣。
普通、白衣は白だ。なのに、この人物が着ているそれは、まるで喪服を思わせるような黒。
違和感しかなかった。
――見覚えがある。
夏前、受付を通った時に見た、あの人だ。
「えっと……」
戸惑う伸一郎をよそに、童顔の黒衣の人物は悪びれもせず笑った。
「ごめんごめん。おぐっちから話、聞いてるよ」
――おぐっち?
……尾口先輩のことか?
「健康診断の日を交換したんでしょ? オッケーオッケー」
まるで気にする素振りもなく、軽い調子で手をひらひらと振る。
「それじゃ、ま。気楽に始めましょっか」
そう言うと、黒衣の人物は片腕をスッと持ち上げ、すぐ近くの部屋へと向けた。
まるで、舞台に上がる役者を誘うように、ゆったりとした仕草で。
「さ、どうぞ」
伸一郎は、その手の先を見つめる。
――なんだ、この感じ。
黒衣の医者の前に立つと、まるで自分が患者ではなく、何か別のものに仕立て上げられるような。今日は嫌な予感ばかりが伸一郎と仲良く肩を組んでいた。




