タートルネックの男
昼の警備室は静かだった。
伸一郎は椅子の背にもたれ、ぼんやりと考え事をしていた。今日は体調がいい。バイトも順調だし、おまけに学校も休校だ。夕飯はちょっと手の込んだものを作ってもいいかもしれない。
(昨日は唐揚げだったし……カレーでも作るか?今日は日曜日で授業もないし、 せっかくだから雪に美味いもの食べさせてやりたい。でも、スーパー寄って仕込みをして……煮込むの時間、間に合うかな……)
そんなことを考えていたとき――
カウンターの呼び鈴が小さく鳴る。
「……?」
この時間に来館者? と、少し意外に思いながら受付へ向かった。
そこにいたのは、一人の男だった。
――どこかで見たことがある。
夏場だというのに汗ひとつ浮かべずにタートルネックを着ている。見るからに上等そうな上着をきっちりと着こなした、細身の男。年の頃は伸一郎と同じくらいか、少し上か。
洗練された雰囲気と、その鋭い眼差し。
どこかで、この背格好を見た覚えがある。
だが、思い出せない。
「……どうされましたか?」
訝しみながらも声をかけると、男はゆっくりと口角を上げた。
「へぇ……」
男の視線が、伸一郎の名札へと向かう。その文字を確かめるように、男は少し目を細めた。
「キミが、例の伸一郎クン?」
不敵な笑み。
その瞬間、伸一郎の背筋がゾクリと冷えた。
「……はい?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。
――誰だっけ、こいつ?
思い出せないのが妙に気持ち悪い。だが、確かに一度は見ている。男は答えず、まるでこちらの反応を楽しむように、微笑を深めた。
「……いえ、なんでもないよ。ちょっと、気になっただけさ」
そう言って、男はすっと視線を外し、施設内へと歩いて行った。まるで、自分の庭を散策するかのように。伸一郎は眉をひそめた。
(……前にもあんな人。きたっけ)
このモヤモヤする感じ――まるで記憶の奥に、霧がかかったような違和感。
「――伸一郎」
不意に声をかけられ、肩が跳ねた。
振り向くと、尾口が立っていた。
腕を組み、さっきの男の背中をじっと見ている。
「……いま、変な奴が来てたな」
「え、知ってるんスか?」
尾口はほんの少し間を置いた後、低く答えた。
「……こんな夏場にタートルネック着ている男、変以外になに者でもないだろう」
「すごい偏見ですね」
尾口先輩にしては、妙に歯切れの悪い答えだった。
「お前、最近妙な奴に絡まれてないか?」
「……さぁ」
適当に濁したが、尾口の視線は鋭かった。
「気をつけろよ」
「はぁ。先輩の方が変ですよ」
それだけ言い残し、尾口は歩き去った。
伸一郎は無意識に拳を握りしめる。
(……どこで会った? いつ? どんな状況で?)
考えても、記憶は霧の向こう。
何かが引っかかる――でも、それが何なのか、まだ掴めない。
――そう思ったのも束の間。
(カレーの肉、どうしよう……)
鶏か、豚か、贅沢に牛か――そんなことを考えているうちに、霧のような違和感は薄れ、気づけば伸一郎の頭の中は思い出せない男の事よりもカレーでいっぱいになっていった。




