人肌に溶けたチョコレート
怪人1-30
久々だったから、やりすぎちゃったかな。
ケイはベッドの端で無惨に横たわる女を見下ろした。
瞳孔は開き、焦点の定まらない目が虚空を彷徨っている。薄く開いた唇から、静かな呼吸だけが漏れていた。
欲望を吸い取りすぎたか。
自覚はあったが、つい夢中になってしまった。
——人間の欲望は、美しい。
そして、美味しい。
夜の世界に生きる者たちの欲望は、特に味わい深い。
酒と虚飾に彩られた熱、金と快楽にまつわる飽くなき渇き、心の奥底で蠢く孤独と承認欲求。
単純ではない、幾層にも重なった味の重なり。
(うん、悪くない。)
ケイは舌先で唇を舐め、口の中に広がる余韻を転がす。
ほんのりと甘く、けれどどこか苦味がある。
人肌に溶けたチョコレートのようにねっとりと絡みつき、あとを引く味。
——だから、つい食べ過ぎてしまうのだ。
ケイは女から目を逸らし、静かに息をついた。
そして何事もなかったかのように、身を翻し、脱ぎ捨てたシャツを拾い上げる。
首元を整えながら、鏡越しに己の姿を映す。
乱れた髪を手櫛で軽く整え、口元を確認する。血色は悪くない。何より——目が冴えている。
一度、腕を回して肩の違和感を確かめる。
軽い。吸収した欲望がエネルギーとして巡り、身体が覚醒しているのがわかる。
足元に転がっていたリュックを拾い上げると、肩に軽く担いだ。ファスナーを引き、荷物の確認をする。中には替えの服、飲みかけの水、そして数冊の本とノート。
ケイは微かに口角を上げると、振り返ることなく部屋のドアを開けた。
背後では、女が人形のように横たわったまま、浅い息を繰り返している。もう彼女が目を覚ますことはないだろう——少なくとも、“元のようなニンゲン” ではなくなる。
だが、それはケイにとっては取るに足らないことだった。
……まだ足りない。
喉の奥には、わずかに残る渇きがある。
蓄えておくべきエネルギー量には、程遠い。
ケイは備えなくてはならなかった。
伸一郎には悪いが、何夜かこうして “食事” をとる必要がある。来るべき日のために。




