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METAL HUMA  作者: NAO
チャプター1「カスケード」
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EP#4「苦悩」




 暗闇のテント、ここは煙草のヤニがこびり付き、換気されずこもりきった汗の臭いが立ち込めている。足音が近づき、外界を隔てる申し訳程度である軽く小突けば穴が空いてしまいそうな薄さのベークライトドアを何者かが開けた。


 衣擦れの音のあと男はジャケットを脱ぎ、カチャカチャと器具をいじる音と共にマッチの明かりが一瞬ダンの顔を映した。


 オイルランタンは乱雑なテント内に明かりを与えた。


 ジャケットをガタつきの収まらない椅子に放り投げ、腰の後ろに押し込まれていた拳銃を木っ端材で作られた机の上に置いた、それは置いたというより殆ど投げていたもので、机へ滑り込んだ拳銃は灰皿に当たりビリヤードのごとく吸い殻が地面に投げ出された。


 散らかったゴミには目もくれず弾薬ケースを錆びたパイプと汚れたマットレスだけで組まれたベッドに置き、机の上にある届いてから二日は経っているだろう封筒を開けた。


 検閲済みといくつもの判を押されたそれは、軍組織内の通達等ではなく本国から送られてきた手紙だ。


 三つ折りを開いてダンは内容を確かめた。


 ―――デヴィッドの体の調子は良くなっているわ、この前頂いたお金で病院を変えてから治療の内容も新しいものになって、それが凄く効いているみたい。


 咳と胸の痛みはまだするようだけど、前ほど酷くないの。


 このまま良くなったらまた学校に行けるようなるし、ずっと好きだったフットボールの試合も見せてあげられる、あの子は気が早くて、病院で過ごす時はいつも試合の話ばかりなの。


 写真を撮ったら手紙に添えるわ。

 知り合いの写真屋さんの旦那さんが撮ってくれるっていうの、親切ね。


 それと、またで申し訳ないのだけど、病院で新しい設備を使った学会でも注目されている治療を行うのにお金が必要で、また工面して欲しいの、お願いね。

 

 追伸:デヴィッドにパパが帰ってきたら会いたいか聞いたけど、まだ気持ちの整理がつかないみたいで会いたくないって言ってた。あんまり何度も言うとストレスにもなるし、病気にも良くないから催促はしないで頂戴。


 それと、深く考えたんだけどあなたとの復縁には前向きになれないわ、わたしは今あなたにはデヴィッドの為だけを考えていて欲しいの。


  ポーラより―――


 指に挟んでいた封筒からいくつかの書類がばさりと落ちた、しかめっつらで拾って確かめると、あるのは息子の入院治療請求書に、処方薬代、次いでめくると引越し業者の見積書の後、極めつけは車の修理代請求書ときている。


 引越しの見積書には「建物の壁紙が肺に良くないと知り合いから聞いたから」と走り書きがあり、修理代請求書には「お見舞いの為に病院へ通うのに必要だから」とわざわざ文字の下に二重線で強調して記載されていた。


 この手紙での請求総額は一兵士の給料二か月分を優に越える金額だ。元妻であるポーラとやり取りを重ねるごとに理由を変えて金を要求され続け、過酷な前線ドライバーという比較的給料の高い役職であっても貯蓄は既に底を突いている。


 請求書を手にする力は徐々に強くなり、苛立ちを振り払うように手紙を宙に放った、しかしそれは何の解決に至る糸口等には繋がらず、ひらひらと空しく請求書が地面に舞い降りるだけだった。


 ベッドの上に無造作に置かれた二つの弾薬ケースを眺めた、あそこから横領グループの持ち分と、ディコンの分、今回協力したロナの分け前を抜いたらいくらになるだろうか、ロナには口止め料の意味も込めてある程度渡しておかなければならない。


 残りの金は、あと何度手紙のやり取りをすれば消えてしまうのだろうか、何度取引をすれば金は足りるのだろうか、本当に息子の為に金は使われているのだろうか。故郷に戻った時、ポーラはデヴィッドと会わせてくれるのだろうか。


 あの弁護士の男をどうすればぶち殺してやれるのだろうか。


 ただ、息子に一度でも会いたい。


 その願いを人質に要求を重ねるポーラからは、これまでただの一度も会わせるという返事は無かった。


 誰も答えを知りようの無いと分かり切っている漠然とした不安と怒りがダンの心臓の鼓動を早めた。


 整理の付かない感情を沈められないまま、一人テントで立ち尽くしているとベークライトドアを開けて入ってきたのは体中に血の滲んだ包帯を巻いたディコン副隊長だった。


「金をとりに来た、隊長さん」

「そこにある、好きに持っていけ」


 ディコンは一つの弾薬ケースから半分程度の札束を抜き取ってそれをベッドに置くと、その他大部分の金をケースごと小脇に抱えた。


「何故一人撃った、ファミリーに目を付けられれば俺がアンタを撃つことになる、取引で問題を起こさないでくれ」

「ブルースのようにか」

「あれは仕方なかった、アイツはどうしようもないヘマをした」

「仕方がなかっただと、あの取引自体、はじめから無茶じゃなかったのか」


 一度終わった話を蒸し返され、あまつさえ今からどうすれば良かったのだという過去の事をほじくり返されたディコンは、この話に毛頭取り合う気が無いと肩を竦めた。


「ディコン、お前勘違いしてるんじゃねぇだろうな、体良くファミリーのパイプ役を買って出てるが、このシゴト自体俺がいなきゃお前には何もできない、何かあれば弾くのは俺だ」

「……今のどういう意味だ」


 弾く、という言葉に反応したディコンは空いた左手がぴくりと動き、それは腰に差す拳銃の方向へ向いたのをダンは見逃さなかった。


「俺を殺せるならやってみろよ、お前の腰にある銃で俺を撃ってみろ」


 ダンはディコンへ詰め寄ると腰にある銃を抜き取り、彼の空いた手に握らせた。そしてその手を自らの両手で握りこみ、銃口を自らの額に押し付けた。


 ダンの目は見開き、ディコンへ決断を迫らせた。

「撃てよ」

「ダン、どうかしてるぞ。俺達はずっと長くやってきた、これからもだ、お前が今頭にキてるのは息子の事だろう、きっと会える、任務を終えたら俺も協力する」

「ゴタゴタ抜かすな、今ここでトリガーを引けるかを考えろ」


 ダンはディコンの目を離さない。


 ディコンはハンマーを起こした自らの1912オートマチック拳銃には、薬室に銃弾は装填済みである事を知っている、トリガーを引けば間違いなく撃発するのだ。ディコンはこれからも横領グループで利用するつもりのダンを殺すわけにはいかない、が、しかし頭にヤキが回ってしまっている。


 どうにかこの場を収める手段を逡巡していると、モタモタしてるなら先に俺がやるぞという勢いでダンが先に行動へ出た。


「撃ち方を忘れたのか? 思い出させてやる」


 机の上にある拳銃を手に取り、銃口をディコンへ向けてハンマーをがちりと上げた、セーフティは当然解除されている。


「どっちがいい」

 手にしていた弾薬ケースを落とした。


「正気じゃない、よせ、何も解決しない」

 ディコンはこの場で撃たれても、どうせ代わりのパイプ役が立てられてしまう。


「どっちがいいかって聞いてんだよ、俺を今ここでぶち殺してみせろ、それで解決して全部お終いだ」

「これは間違いだ、いい方法がきっとある」

 額に粒汗が浮かぶ。

 

「よく聞けよ、最高じゃないが、一番ラクなやり方で、お前にとってもこれが一番ベストだ」

 ダンは続けた。


「俺が今まで何を経てここにいるか分かるか? これまで身を粉にして全てを軍に捧げてきた、終わった戦争がまた始まって家を空けりゃ離婚だ、ポーラが愛想を尽かしてデヴィッドを連れて行った日、俺は焦土作戦で占領地の市街を丸焼きにしてた」


「帰還して焦げ臭ぇジャケットのまま息子への愛を綴ったお願いの手紙をしたためたんだ、笑えるだろ、それでも軍に尽くしたさ、クソの仕方も知らねぇガキみてぇな新人共の面倒を見て死なねぇように生き残り方を骨身まで叩きこんだ」


「そしたらどうだ、ハッ、七人育てた内四人を別動隊に引っこ抜かれて、数日したらそいつら全員戦死してやがる、俺はそれを通達で知った直後にアラート出撃で出てみたら十二対四だ、育てていた残ってる新人三人はバタバタくたばるし、敵は減りやしねぇ」


「レーダー見間違えてこの状況に追い込んだボケナスコントロールに何度も増援を頼んでも十分後の到着と抜かしやがる」


「別動隊とは六十キロの位置だ、そんなにかかりゃしねぇんだ、俺は考えた、俺はここで死ぬんだとな、敵に寄って集って削り切られてオールアウトするまで駆けずり回った後にぶち抜かれるんだ、それでいいと思って腹括ってみたらどうだ」


「敵が全員先にくたばったんだよ、あろうことか十対一で俺に殺されやがった、ふざけてやがる、その時悟った、俺は死のうとしても死なねぇんだ、死神にもったいぶられてる」


「先日の事もそうだ、ネメグドバーターに乗るお前とボディサを捌く腕前の二体が俺の前じゃ秒足らずで死にやがった」


「死にたくても死ねねぇっつうのに、それでも働いて働いて、ポーラに渡す金欲しさにお前とつるんでシゴトを続けた末に最後に残るのは、増長したお前とコレだ」


 ダンは机に散らばる請求書をテントの天井目掛けて放り投げた、ポーラの走り書きが記された紙が宙を舞う。


「だからディコン証明しろ、俺をぶっ殺して証明しろ、俺をぶち殺して、俺が死ねる人間だと証明しろ」


「三秒で撃つ」


 ダンはトリガーへ指をかけて引きこんだ、もう遊びは無く少しのはずみで引き切りの状態だ。


「三」


 ディコンに選択の余地は無い、銃口を向け合って、相手の頭には血が上り切ってる。


「二」


 もう説得の言葉も思いつかない、聞き入れられる言葉など無い。


「一」


 ダンのカウントは止まらない。


「クソがよォ!」

 ディコンは目を瞑り全てを銃弾に任せた。


 しかし鳴り響いたのは終わりを告げる銃声等ではなく、ただディコンが持つ拳銃のハンマーがファイアリングピンを叩いただけのガチンという音。


 ミスファイア、不発だ。


 その光景を見たダンの手から銃はすり抜けるように落ち、地面に空しく拳銃が横たわる。


 銃弾は今日装填されている、ディコンは装填する銃弾は一発ずつ確かめる習慣がある、雷管に傷も異変もない。

 弾倉に込められた一番上の、今この時薬室に収まるこの一発だけが、たった今このタイミングで不発。


 ダンは笑い続けた、笑いというより咳にすら聞こえるそれは、渇ききった嘆きが響くようだった。


「分かったら金を持って出てけよ」


 ディコン副隊長にはどうする手立ても無かった。

 


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― 新着の感想 ―
こういう話大好き 妻に子供取られて軍でも良いように使われて、ダン隊長はそれでも頑張ってたんですねえ 彼の境遇と不憫さがとても生々しくて面白く読めました
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