EP#3「取引」
それはいつものアラート出撃で起こった。
警報鳴動に飛び起き、駆体に乗り込み、上空を飛行しながら説明を受け、隊長から指示された方位へそれぞれの隊員達が旋回をして訪問者を片付けようと迎撃に向かった数分後、唐突に無線から状況変化を伝えられた。
ディコン副隊長とボディサが撃墜された、どちらも空中で半壊し高度七百から地面へ落着、半殺しとなった二人へトドメを見舞う為に敵が降下を始めた直後、ダン隊長は数か月ぶりに武装を生成し、直接行動に出た。
ロナとアビィは同時に侵入する他のグループを相手にする為、進路を変える必要があり、ダンとブラカウのカバーに入る事は出来なかった。
ロナは別グループと会敵するまで、視覚認識を通して遠ざかる隊長の一挙手一投足を見逃さないと見張った。敵は二体、駆体種別はプテロダウストロ奇形種とプレオンダクティルス、ここ最近では珍しい組み合わせだ。
まさに一瞬の出来事だ、ダン隊長の駆体であるイカロニクテリスは右手で長射程高弾速を誇るケンギスを生成し、二連射はほぼ同時に二体の敵へそれぞれ放たれ、プテロダウストロは回避できず中央を射抜かれドライバーキル、プレオンダクティルスは弾着直前で駆体へ多方向のスラストを加えからがら回避した。
プレオンダクティルスはクセのある駆体だ、前に進むよりも後ろに引く方が最大速が高く、前方に対する加速は遅い、長射程武装も持ち合わせていない場合が多く、有用なのは強力な環状シールドとハイレート射撃が可能ないくつかの武装だ。
対して隊長のイカロニクテリスは一般には相対距離五百以下の接近戦での撃ち合いに秀でる。敵は隊長の駆体を見るや、遠くから接近して攻撃が始まるまで時間差があると見込んでディコン副隊長とボディサへトドメ刺しに向かった矢先、本来生成に時間のかかるケンギスを一瞬で生成し、駆体からは見当もつかないセオリー破りの正確無比で長距離高弾速の二連射だった、ケンギスは通常なら一秒間以上の発射間隔が存在する。
反応できなかったプテロダウストロは回避もままならず直撃、運か実力か反応できたプレオンダクティルスは弾着直前で駆体に似つかわない急加速で躱した。
隊長のイカロニクテリスが手にするケンギスは高速二連射によって砲口が裂けて融解、勝機と見た敵は全力の加速で接近を開始し、隊長も同時に正面から加速、両者がマージする瞬間、敵が前方にシールドを展開、隊長はそいつに向け潰れた砲口のままであるケンギスを放ち、シールドに烈弾が直撃し強い光と衝撃が周囲を飲み込んだ。
プレオンダクティルスはこの時すでに全力での後退の為スラストをしており、シールドと高い後退速度を併せ、引きながら撃ち続ける事で削り切るつもりだったのだろう。
隊長は急加速の最中プレオンダクティルスの傍らを通り過ぎる瞬間、駆体を一回転させ遠心力を得た尾部のブレードを振り抜いて肩の根本ごと腕部を片方斬り落とした。
この時既に敵の後退より速く背後に回っている、しかしこれに反応していた敵は駆体を反転させ隊長へ向けてシールドを生成、が、隊長がケンギスを霧散させ瞬時に両腕へ生成していたのはバルパシロというハイレート近接射撃武装。
これをどんなコントロールとパワー入力で撃てばそうなるんだという、左右二発ずつの同時射撃。それは展開されていたシールドを易々と貫通し駆体中央のコックピットシェルが存在する位置に大穴を開けた。
一般にはプレオンダクティルスのシールドは近接射撃の大抵を防げる、が事前に強力なケンギスを防ぐために力を割き過ぎたのか、二回目の防御は手薄となっていた、それでもバルパシロ程度なら防ぎきれると判断していたのか、防御の決断も空しく全力のパワー入力をされた二点バーストは、その判断は死を招く誤りであると決定付けた。
瞬く間に敵を葬った隊長の駆るイカロニクテリスの両腕が手にするバルパシロは、砲口はおろか中央構造体まで圧力に耐えきれず八つ裂きになっていた。
ロナがカスケード隊に配属され数か月、この時初めて目の当たりにしたダンフェイゲン隊長の戦闘は正に離れ業だった。
敵が持つ可能性と能力の全てを見透かし、相手の行動はセオリーに押し込めてコントロールされつくされ、最小限の発射数と最大の威力で二対一を完封していた。
戦闘を終えて駐留地に帰投した後、ロナは何度も敵が勝つ方法が存在したか反芻するも、全てのパターンで大方二十秒以内での決着だった。思い返すと最初にくたばったプテロダウストロ奇形種は、長射程武装を持っている可能性があったからこそより正確な初弾をぶち込まれ、次弾をプレオンダクティルスとしたのだろう。
100%例外の無い戦闘、それがダンフェイゲンのやり方だった。
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「ボディサ、調子はどうだ」
「隊長、すみません、完全に意表を突かれました」
「見誤ったな」
「はい、その通りです、情けない限りです」
ボディサは落着時の衝撃で膝を骨折し、頭には裂傷と脳震盪を負っていた。ディコン副隊長は直撃を受けた際にコクピットシェル内のスピアに異常加圧が発生してしまい破裂、飛び散った破片を体中に受けている。
ボディサとディコンの駆体であるネメグドバーターは、両手と片足をそれぞれ喪失しコックピットシェルにも損傷がある、自己修復が完了するまで当面稼働は出来ないだろう、コックピット内のコントロール系統である設備面は交換でいくらでも対応出来るが、駆体である本体は待つしかない。
前哨駐留地の六人編成の内二人が稼働不可という状況は、復帰までに起こるこれからの戦闘の殆どは運試しと同等である事を意味する。
「ディコン副隊長、俺のミスに巻き込んでしまって申し訳ありません」
ボディサの謝罪に、ディコンはベッドに横たわり宙を眺めたまま返事をしなかった。呼びつけられた医療班による手術と一通りの手当を終え、二人は当面の安静が必要だった。
テント内には消毒液と血の臭いが立ち込めている。
「ダン」
半身を起こし、体中に赤く滲んだ包帯を巻いた姿のディコン副隊長はダンを呼んだ。
「次、どうする」
ディコンは何に対しての次であるというのか、主語の欠けた問いを投げかけた。
「ブラカウとアビィは当直待機、ロナを連れていく」
「……ロナではなくブラカウを連れていけ」
「駄目だ、ブラカウはトロいところがある、ロナが使えるか試す」
「そうか、次の取引はデカい、ヘマをするなよ」
取引、ディコンが口にしたそれは軍人の仕事ではなかった。
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前線緩衝地帯、暗い森の中をヘッドライトを消した五トントラックのタイヤが砂を巻き上げ、時折人体の一部とおぼしきものを踏みつけながら走っている。
この地域は以前補給路であった故に常に兵站潰しを目的とした戦闘が起こっていたが、経路の切り替えに伴って今や残されたのは残骸と地雷だけだ。
視界など無いに等しい夜の林道を、ダンは体で覚えた道順に従い右へ左へハンドルを切っている。すると後部の荷台からドンドンと運転席に向けて振動が届いた。
ダンは振動を無視した、ドンドン、ドンドン、五分と続き十分経過しても飽きる事もなく隔たりは叩かれ続け、いい加減鬱陶しくなったダンは運転席と荷台を別つ隔壁を一度だけ強く叩いた。
怒りが混じる拳の一撃は車内に一際大きく鳴り響いた。
荷台からの音はそれを機に一度止んだが、走りを進めるとまた壁を叩く音が鳴り始めた、いよいよ我慢の限界なのかダンはトラックを道端に停めた。板バネのサスがギィと鳴り、暗闇の林道に静寂を与えた。
ダッシュボードから1912オートマチック拳銃を取り出すと腰の後ろに押し込み、運転席を降りて荷台の扉を開けた。
吐瀉物の異臭にうめき声、そして荷台の奥から真っ先にダンへ向かってきたのは赤子を抱いた女だった。
「この子が熱を出して、ぐったりしてしまって、息も弱ってきてるの、病院に連れて行かなきゃ」
ダンは返事もしないまま、母親の訴えを無視して扉を勢い良く閉め、運転席に戻ろうとすると再びドンドンと壁を叩く音が始まった。
繰り返しの要求に怒りの混じる足取りで再び後部へ歩みを進め、扉を開けて荷台に乗り込み赤子を抱いた母親を見つけると腕を掴んで外へ引きずり出した。
同じくこのドライブを共にする荷物達はハンマーを起こした拳銃を手にする男に何もできなかった。
「あぐっ」
母親が地面に放り投げられ、ダンは銃口を向けた。
「どっちがいい」
ダンは母親に選択を求めたが、選択肢の提示は無かった。
「どっちって、あの子を助けて、早く病院に連れていきたいの」
「使う銃弾は一発、食らうのは一人、どっちがいい」
「あぁ、駄目、駄目よ」
ダンはすすり泣く母親の後頭部に銃口を押し付けて迫った。
「あぁ! やめてくれないか! やめてくれぇ!」
母親を庇う為に荷台から初老の男性が駆け下りてきた直後、渇いた破裂音が鳴り響き、薬莢は軽い音と共に地に落ちた。
「戻れ」
ダンは恐怖のあまり声も出せなくなった母親に命令し、銃で荷台を指して戻るよう促した、母親は従うしかなく、震えた足取りで荷台に上がっていった。扉は大きな音と共に閉ざされチェーンで施錠がされた。
ダンのブーツは地面に倒れ血を流す男性を跨いで運転席に戻り、アクセルを踏んだ。
それから一時間程暗闇を走り進め、やがて離合の為に設けられたスペースにトラックは停まった。荷台からは何の物音も届かず、深い森林の暗黒と静寂がポツリと存在するトラックを包んでいる。
すると対向側からヘッドライトを消したトラックとバギーがやってきた。
降りてきた男は四人、一人は弾薬ケースを両手に持っている。
ダンは男達の顔ぶれを一瞥すると、運転席から降りて荷台にかけられたチェーンロックの鍵を投げて渡し、鍵を受け取った男は施錠を解除し荷台の扉を開け、荷物の確認をひとつずつ始めた。
「ブツはあるが、頭数が一人足りねぇ」
「もう一回数えてみろ」
「いいや、一人足りねぇ」
ダンの背後で荷物を確認する男はこんな暗闇と言えど几帳面な数え方をするようだ。真正面のハンチング帽を被った男は、隣の弾薬ケースを手にした男から、一つのケースを受け取り、中身から札束を三つ抜き取って残りをダンの足元に投げた。
「金は全て寄越せ」
「なめてんのか、ブツが十箱、頭は十四それが約束だ、だが頭が一個足りねぇ」
ハンチング帽の男は続けた。
「今すぐにでもお宅の顔をブチ抜いてやりてぇが、これまでの取引に免じてこれで許してやってるんだよ、何から何まで言わねぇとわからねぇのか」
ハンチング帽の隣にいるもう一人の男は、肩にかけるステン短機関銃のスリングへ手をかけた。
「契約に荷物の数量はあったか? 俺の仕事はここに荷物を運ぶだけだ」
「分け前はお宅らの内輪で揉んでおけ、数が足りなきゃカネは渡せねぇ」
ダンは右手をハンチング帽の男に向けた、とっさの事態に取引相手の手下三人はダンに銃を構えた。拳銃二丁に短機関銃、放たれれば瞬く間にハチの巣となる。
しかし、ダンの右手には何も手にされておらず、指先をピストルの恰好にしてハンチング帽の男に向けている。
「……なんのマネだ」
「何から何まで言わねぇとわからねぇのはお前だ」
ダンは水平に向けている手を、真上の夜空に向けた。
すると遥か高空なのか、夜空のどこからともなく重低音の風切り音が辺り一帯に轟いた。
寝静まった鳥達が一斉に飛び立ち、轟音はビリビリと肌を震わせている。
高空の主は夜空に隠れて見えない、しかしそれは確実に存在し、ダンの手振りと共に動いた事を意味している。
取引相手であるハンチング帽の男は、右手を挙げて存在を示す合図なら、発射の合図はどうなるかと考えた時、それは右手が水平に戻った時だと直感した。
そして合図を見ている高空の主はそれを見逃しはしないという事を。
「どっちがいい」
この事態に固まる取引相手より先に、ダンが口を開いた。
「俺を撃った後に吹き飛ばされるか、今吹っ飛ばされて金とブツを持ち逃げされるか、上にいる奴は正確だ」
ハンチング帽の男は眉間にしわを寄せ、傍らの男の顔色には焦りが見え、どうすると短機関銃を構えたまま目配せをした。
強く目を瞑り、様々な都合が入り混じる長い熟考の末に舌打ちをした後、ケースから抜き取ったカネをダンの足元に放り投げた。
「ブツを積み込め!」
取引を妥協した男達は銃を下ろし、ブツと荷物達の積み込み作業に移った。
ダンはそれが終わり取引相手がこの場を去るまで足元のカネには一切触る事なく、微動だにせず立ち続けていた。