EP#23「車列」
大変長らくお待たせしました、これから徐々に更新をしていきます。
未明、車両隊は行動を開始した。
乾いた寒さの中、エンジンが一斉に目を覚ます。
煤けた車体から立ち上る蒸気はすぐに霧散した。
ストルッカー中尉が率いる鋼板補強されたCMPトラックの車列は、荒れ果てた街路の道を突き進んだ。ライフルを携えた兵士に挟まれたロナは車両内の一角にある座席に腰を沈め、押し付けるように渡された水道管のような見た目をしたスターリング短機関銃と弾倉数本、四本のコントロールスピアのバッグを腕の中から落ちないよう抱えていた。
悪路を突き進む車内は銃撃戦に備えた兵士たちの緊張で満たされている。
「オールアウトは無しだ、わかっているな」
出発前、キルスティがふいに口にしたその言葉がロナの耳にこびりついていた。発症した筋骨石化症の進行を案じての事なのは分かってはいるが、念押ししてきた彼女の気迫には抗いがたい何かがあった。
部下への命令にしては入れ込みすぎている、彼女が放ったバランスを失っている言葉の釘はロナの胸中へ斜めに突き刺さった。
きっと、あのとき目を見て言った彼女は、本気でその先に踏み込みかねないと危惧しているのだろう。だが本当にやり抜けるのかは保証できなかった、それは敵がキルリストドライバーだからというのは言い訳で、本当のところは殺しの土壇場で加減なんてしたことがないのだ、できた試しがない。
今までできなかった事が、言われただけでできるほど器用ではないことをロナは自覚している。
同時に、彼女の言葉を裏切れない。
解決しようの無い不安が幕となり心を覆っている。
装甲で覆われた車両内、ロナが足元の格子状にローレット加工された鉄板の床へ目線を落としていると傍らの兵士が肘で小突いた。彼が被る防弾ヘルメットが落とす暗がりには、酷くこけた頬が浮かび、深く窪んだ眼の掘りの奥には表情を伺い切れない瞳がこちらを見つめていた。
「お前がストルッカー中尉の言っていた『敵ではなくて良かったドライバー』なのか?」
最新のエンフィールドNo.8セミオートライフルを手にする人物は深く被っていたヘルメットを指で上げて、露わになったのは見てきたものを語る事は無いだろう黒い目をしている男だった。
「俺の仲間がそう言っていた、俺にはわからない」
客観性の欠ける回答に男は言葉を続けた。
「お前の自覚は俺にとって関係ない。これから殴り込む駐駆場に鎮座する彫像に装填される弾薬ならそれでいい」
身も蓋もない言葉だが彼ら車両隊兵士の真意だ。
「必ずこの戦闘で俺達車両隊の誰かが死ぬ、俺は死んでもお前を駆体に上がらせる、上がったのなら俺達の死人の倍以上を殺してこい、じゃないと割に合わない」
装甲車両の兵員庫内は向かい合う二列のロングベンチにロナを含め合計十人が座り込んでいる。これまでバラバラだった全員の視線はいつのまにかロナを向けられていた。
ロナは僅かばかり周囲を一瞥して口を開いた。
「敵駆体を全て片付けるのが俺の仕事です、その為だけにここにいる」
男が一見したロナの瞳に浮かぶ昏がりは、単なる悲壮などではない別種のものを感じた。
「……これまで何体落としたんだ」
「もう数えてない、ドライバーキルなら三十か四十の間くらい、シャットダウンなら六十はあるかもしれない」
男の顔色は変わらなかったが、ロナが語る飛びぬけた数字を聞いた直後には喉が息を吸い込んでいた。
「お前ら聞いたか、俺達が五十人がかりで送り届けるコイツは紛うことなく戦場の殺し屋だ。ちびって引っ込んでる腰抜け本隊連中とは出来が違う、待ち望んだ戦士だ」
第一印象である冷静さが覆った顔つきから想像できないほど口を開き、声を張り上げて車外にまで響くような声量にロナは呆気に取られた。
「この車両はアナイアレイターの真下にまで接近して射線の盾となる、車両がぶっ壊れたら次は俺達が肉の盾になる、マトになりたくなければ銃弾の嵐で敵の頭を地面に這いつくばせろ!」
男の号令に車内の兵士達は、凄み迫る揃えた一声で応えた。
「アーキン、俺の名だ」男は右手を差し出した。
「ロナ……ロナ・ワイズマン」ロナは握手に応じた。
アーキンは車内の兵士たちを紹介した。
ブレンガンMk.6の長銃身を肩へ立てかけている軽機関銃手のフレッカーと、同じく軽機関銃手の補助をするゲラティ、彼らは大量の銃弾を絶えることなく敵に浴びせかけ動きを封じる役目だ。
大きな体躯をしたフレッカーの隣に腰掛ける小柄なゲラティは肩身を狭そうにしている。
ホークヤードと名乗った長身の男は照準鏡付きのエンフィールドボルトアクションライフルを手にしており、ロナを狙うスナイパーが指をかける前に撃ち殺すのが今回の仕事だ。
アーキンが語るには彼の優れた色覚は四原色を識別し、三原色で構成された人工物のカモフラージュは背景に対して不自然に浮かび上がるのだという。
開戦前は貧乏画家をしていた彼であったが、遺伝子が与えた特異体質は潜む全てを見破るスナイパーに仕立てた。
フレッカーが口を挟んだ。
「ホークヤードは俺達を狙う敵の瞳孔がこっちを向くのが分かるんだ、コイツが来てから俺達は先制射をくらったことが無い、だから俺は乗り出してブレンガンをぶっ放せる」
「お前が他所の嫁さんのケツを眺めてる目も気づいてるぞ、気をつけろ」
ホークヤードはライフルのストックでフレッカーを小突き、盗み見の常習犯はバツを悪そうに誤魔化すしかなかった。
車内はいつのまにか兵士たちの雑談で賑わい、銃撃戦を前にする緊張で張り詰めていた当初とは想像もつかない様子となっていた。すると車両前方からロナの名を呼ぶ声が聞こえた、声の主は助手席から肩先だけを覗かせているストルッカー中尉であった。
「ロナ、出身は?」
「南部のコンウェルにあるチャーチタウンです」
本国南部の端、海岸に沿う複雑地形に内陸部は牧草地帯が広大に広がる長閑な農地で知られ、漁業と農業に恵まれた豊かな片田舎だった。
先の大戦までは。
海の向こうに位置する隣国が開戦同時攻撃に遭った直後、穏やかな時を過ごしていたコンウェルは一変してメタルヒューマ遠征飛行の最前線となった。
収穫期には黄金の地平線で彩られる農地はアスファルトで覆われて固定翼機の飛行場になった。海岸の漁港は悉く取り払われコンクリートが打ちつけられると、等間隔にトーチカが建造された軍港と化した。
出兵や寄港する多国籍軍の艦船がひしめき、地元で暮らす住民たちは隅で身を寄せ合うしかなくなった。
ブルーとはコンウェルの海の色と教えられた、あの岬からの景色は軍艦が立ち昇らせる黒い排煙で容赦なく塗りつぶされた。もう十五年以上も前の事である、望郷の記憶の中に少年であったロナの思い出に存在する先生と呼ばれた一人の男の影が浮かんだ。
あの日、あの時。
一人だったロナを救った人。
あの穏やかな眼差し。
失われた故郷の記憶が蘇った。
「コンウェルか、あそこはいいとこだった。昔、開戦前に家族で旅行に行ったことがある」
「どの辺りでした?」
「フリシングだったな、河口のレストランに行ったんだ、魚料理が絶品だったのを覚えている」
「住んでたところからはバスの距離でしたが、フリシングは行った事があります、あそこの砂浜はとても綺麗だった、遠瀬があって足元まで魚が泳いでくるんです」
「そいつを掴んでそのままランチにでもしたのか?」
「俺は魚を掴むのは下手だった」
ロナは当時、絶品の魚料理を出すレストランになど行ったことは無いが、フリシングの浜に先生が引率となり寮の子供たち皆を連れて行った日を思い出していた。
ストルッカー中尉は一息をついた後にぼやいた
「もう、あの景色はとっくに跡形も無いんだろうな」
開戦後のコンウェルは軍事的な一大拠点となった後、何度か大規模な空襲に見舞われた。美しい故郷は国の軍隊によって塗り潰された後に、炎と鉄の嵐で薙ぎ払われた。
残ったのは燃えカスと、基礎だけが残された住宅の跡地、性別も分からない程に焼かれて丸焦げの遺体だけだった。
空襲が始まって先生は俺と寮の皆を連れて避難をはじめた。
火の粉が舞う大空にはどれが味方の軍隊で、どれが敵なのか判別できない巨影が飛び交う最中、どこに逃げていいかなんて誰にも分からない、でも、逃げなければ死んでしまう。最初は寮の子供達皆の大勢で駆け抜けていたのに、時間が経つごとにひとり、またひとりと姿を消していった。
燃え盛る小麦畑をかき分けて駆けた、迫る炎から逃げる小さなロナは、先生に手を引かれる内に岬にたどり着いた。
畑を抜けて視界に海が開けるといつのまにか先生はいなくなっていた。振り返っても誰もいなかった、手のひらには先生が握っていた感触だけが残っていた。
先生の手の感触だけが、逃げ惑う小さなロナを岬まで導いていた。
轟音が響き、背後の空を横切ったのは細長い腕と長い尾を伸ばした敵のメタルヒューマだった。
何もわからず見上げて眺めていると、そいつは通り過ぎた後にターンをして、こっちに向かってきた。
思い返すとやられっぱなしだったんだ、物心ついたころから、いろんなことにやられっぱなしだった。
だから、逃げるのはもう嫌で、少しくらい刃向かいたかったんだ。
やってくるそいつに手を向けて、指先をピストルの恰好にして、何度も銃声を口の中で呟いた。
空から向かってきたそいつが、細長い腕をこっちに伸ばして、何かが光った瞬間。
新たな轟音が飛来して、長腕のそいつの目の前で一回転して、尻尾で円を描いて大気ごと切り裂いた。
両断されて真っ二つの敵は、自分の頭上をぐるぐるとプロペラのように回りながら岬の向こうの海に落ちていった。
燃える小麦畑へ滑るように着地した、火の粉に見え隠れするサソリの尾を持つ鷹のような巨影は、俺を見る事なくまた何処かに飛び立った。
あのハーストイーグルの姿は無力な自分にとって、力の象徴として刻みついた。力への歪な願望、虚像が具現化した、願いを押し付けられた存在。
炎に包まれた遠い記憶を振り返るロナを、ストルッカー中尉の言葉が現実に引き戻した。
「お前に言っておくことがある、いいか、何があってもアーキンの背中から離れるな。そして俺の合図があるまで絶対にアナイアレイターの足元には近づくなよ、俺が敵の立場なら駆体周辺は迫撃砲の照準を合わせておいてノコノコやってきた奴を全員吹き飛ばす。別動の車両隊が迫撃砲陣地を発見して制圧するまでは敵兵の排除が優先だ」
「わかりました、地雷の解除はどうします?」
アナイアレイターの足元には恐らく無数の対人地雷が埋設されているだろう、銃撃戦の最中それをほじくって解除する時間も余裕も存在しない。
地雷はあるか無いかではない、存在する可能性がある時点で行動は制限される。
ロナが問いかけた当然の質問に対してストルッカー中尉は右手の拳で車両の屋根をゴツンと叩いた。
「コイツの二十ミリ機関砲で掃射して足場を作る」
トラックのルーフに搭載されているのは、通常であれば十二・七ミリ重機関銃であるが、ストルッカー中尉の乗るトラックだけはエリコン二十ミリリボルバー機関砲に改造されていた。
中尉の拳にルーフの機関砲手は屋根の上から「任せとけ」とくぐもった声で応えた。
地面を抉って舞い上げる威力を持つ二十ミリ砲弾であれば、小型の対人地雷程度なら容易く粉々にしてしまえるだろう。
助手席の向こうから顔を覗かせ、目線のみで「分かったか」と伝える彼に、ロナは黙って頷いて応えた。
「そろそろだな」
傍らのアーキンが袖を振って腕時計を眺めて呟いた数秒後、装甲に覆われた車内に響き渡るけたたましい爆音が何度も轟いた。
重爆撃機による絨毯爆撃よりも激しい爆発音と地鳴りに、車内にいる一部の兵士はあまりの迫力に思わずうっと身をかがめてしまっている。
先行していたキルチームの駆体がエスピリト隊を迎え撃つ途中、アナイアレイター上空を通過飛行する際に駐駆場周辺へ対地掃討射爆撃を行ったのである。
ルーフに上半身を乗り出している機関砲手が目の当たりにしたのは、空からきらりと光の筋がいくつか見え隠れした瞬間、市街建造物の何倍も遥か高く上る無数の爆炎と衝撃波、黒煙と共に竜巻にでも放り上げられたように舞い飛んだ屋根や家屋の残骸はいつまでも空中に滞空していた。
狙撃ポイントとなり得る屋上や装甲車両を隠せる建物、迫撃砲陣地となる可能性のある広場は一斉に吹き飛ばされ、敵車両がこの地に向かって通行を可能とする主要道路は寸断するように抉りとられた。
迷路のような街路を巡り、彷徨って届いた衝撃波はルーフの機関砲手の頬を打った。メタルヒューマの力が生身の人間に矛先を向けたとき、それは災害に等しい破壊力をもって対象の人工物の数々を塵へ還した。
「予定時刻に対しプラスマイナスで二秒の誤差、キルチームは優秀だな」
ストルッカー中尉はそう呟くと手にするエンフィールドNo.8セミオートライフルのボルトを引いて、薬室に銃弾を押し込んだ。
間もなく銃撃戦に突入する車内は再び緊張で満たされた。それぞれの目は力強く見開かれ、一切の余念は無い。
もう既に遥か遠くへと飛び去っただろうキルチームはアナイアレイター駐駆場の半径五十キロメートル以内にエスピリト隊を接近させないため、これから必死の防衛戦を繰り広げる。
たった一体でもエリアに侵入を許し、敵駆体の射程に僅かでも入ってしまえばストルッカー車両隊は一瞬であの有様になってしまう。
キルチームは戦力不足の状態で、数に勝るエスピリト隊を相手に一歩も譲らずに守り切らなければいけない。
敵の地上部隊は対地掃討射爆撃を行われるのを前提に布陣しているはずだ、ある程度の障害は排除できていたとしても、全てではない。
恐らく既に地下や下水道、標的とはならなかった建造物からは射爆撃を生き延びた敵兵が陣形を組みなおしている頃合いだ。
ロナはいち早く、速やかにアナイアレイターを確保しなければならないと再認識した。もし地上でチンタラしているようなら、自分が銃撃を食らって動けなくなってしまったら、上空の仲間たちは順番に殺されていくかもしれない。
銃撃を搔い潜り、乗り込み、そしてエスピリト隊を全て叩き落す。
ロナの左手がスターリング短機関銃の横っ腹にマガジンを押し込み、右手がボルトを引いた。
戦闘が始まったのは、十字路に差しかかる数百メートル手前だった。
「接敵! 敵小隊規模、距離百! 二時方向に装甲車! タイプフォーエフ!」
無線が跳ね、すぐに車両隊が展開した。ロナの乗る車両が停止する寸前、既に前列の兵員輸送車両からは突撃銃の銃声がいくつも鳴り響いていた。
激しい銃撃戦が幕を開けた。
泥濘を蹴って兵士たちが駆け出す。
発煙筒が焚かれては前方へ放り投げられ、銃声が幾重にも重なっては消える。
ロナの車両後部にある両開きのハッチが勢いよく開かれ、アーキンに促され車外へ走り出した。
「行け! 行け! 行け!」
助手席のストルッカー中尉はダッシュボードを叩きながら兵士達に指示を飛ばしている。
歩く速度に合わせて徐行発進するCMPトラックを弾除けのようにしてアーキンと共に張り付きながら、前に出た兵士たちの戦闘を注視した。
ルーフの機関砲手は一層強くエリコン二十ミリリボルバー機関砲のグリップを握り、長砲身をぐるりとタイプフォーエフの運転席に向けて連射した。
小銃とはワケの違う連発される砲声は口径の差を見せつけるようであった。
車両の上部に積もった塵は銃撃の衝撃でポップコーンの如く飛び跳ね、巨大な薬莢とリンクはガラガラと転げ落ちていった。
敵のフォーエフ装甲車両の運転席の小さなフロントガラスは一瞬にして血飛沫がへばりつき真っ赤に染まり、二十ミリ砲弾は鋼板をものともせずに幾つもの穴をあけた。
しかしフォーエフのルーフタレットにある重機関銃は健在であり、こちらに向けて銃身が旋回したのであった、傍らのアーキンはすかさず薬室の弾を一発引き抜き、胸ポケットから専用弾を代わりに銃へ押し込み、バレルの先端に一回り大きな円筒形のライフルグレネードを捻って取り付けた。
激しい銃声の数々が街に木霊する最中、一息をついて覚悟を決めたアーキンはトラックから最小限の身を乗り出し、フォーエフ装甲車のタレットへ向けてライフルグレネードを放った。
タレットの装甲はライフルグレネードを貫通させる事は無かったが、爆炎は射手の視界を奪った。
破れかぶれに明後日の方向へ重機関銃を連射するフォーエフ装甲車の間近へ、仲間の車両隊の小銃兵三人が素早く接近すると二十ミリで空いた大穴に手榴弾を一斉に押し込めた。
小銃兵達が炸裂に備え身を屈め、フォーエフ装甲車両の中で叫び声と怒号が喚き散らされた瞬間に隙間という隙間から炎と血煙が吹き上げられた。
降り注ぐ土や破片に混じって、雨粒のように血液が降り注いだ。
無駄弾を放っていたフォーエフのルーフタレットは沈黙した。
道を塞ぐ停止した装甲車両をどけるため、小銃兵がフォーエフ装甲車のドアを開けると二十ミリを食らったのだろう上半身を失った肉体がごろりと転げ落ち、車内は臓物が各所にへばり付く悍ましい有様であった。
兵士は構うことなく血みどろのハンドルを何度も回転させた後に、運転席傍らにある敵兵が手にしていたバレルの曲がった小銃をアクセルペダルに立てかけ、運転席のシートに突っ張らせて車外へ飛び降りると、無人の装甲車両は路肩の建物にフロントから勢いよく突っ込み、動きを止めた。
ロナはアーキンに先導され、ストルッカー中尉が盾として運転する装甲車両とともに再び前進した。
「無事か、お前に怪我されると俺は中尉にドつかれちまうんだ」
「大丈夫、無事です」
ロナが目の当たりにしたストルッカー車両隊は正に精鋭そのものであった、敵兵たちの銃撃にうろたえる事なく、目の前の障害を次々と捻じ伏せていった。
やがて銃撃戦の中を兵士達に守られながら突き進んでいくと目的地である十字路の中央、かつて物資の荷下ろしに使われていた石畳の広場に、アナイアレイターは静かに立っていた。
巨影の背後から陽が射し込み、周囲の焼け跡とは不釣り合いなほど荘厳なシルエットを描いていた。
敵兵は見当たらない、事前の射爆撃で薙ぎ払われた残骸の様子からして既に相当数を片付けているのかもしれない。
兵士達はそれぞれ散開し、潜む敵兵に備え広場制圧に向けて陣形をとり、各々が遮蔽物に身を預けた後だった。
静寂を嚙み砕くように、その音は皆の耳に届いた。
ギリギリと連続した履帯の音、大排気量のディーゼルエンジンの唸り声。
徐々に近づいてくる音は一つではなかった。
高く積もった瓦礫の頂上に駆け上ったホークヤードはライフルの照準鏡を覗いて声を張り上げた。
「ベルデハタイプスリー! 重戦車! 数三輌!」
ストルッカー車両隊は、重戦車の正面装甲を貫く砲は持ち得ておらず、主砲に狙われれば車両の鋼板など紙屑同然である。
重戦車の防御による膠着状態、これがエスピリト隊の目的だったのだ。




