EP#21「忠告」
ロナ、キルスティ、オリバーは現在の郊外から更に離れた地点に位置する、近隣の地上部隊が集結している陣地へと向かうため、各自の駆体に乗り込みアンジェリカの案内に従って移動した。
陣地に到着すると、そこは地区で一番の長さがある四車線のメインストリートを封鎖し、バリケードや自走高角砲を各所に配置し、指揮車両が中心に据えられた地上兵力の拠点となっていた。
この陣地は車両を中心とした移動式で、簡易建築物は見当たらず、未だ積み下ろしされていない物資も多く見受けられることから、彼らがここに到着したのはごく最近であることが推測された。
代替駆体がどうなっているのか、知りたいならこいつに話を聞けとアンジェリカから一人の人物を紹介されたロナは、地上部隊の担当官から一冊のクリップ留めをされた資料を手渡された。
それはロクスウェルストラット社が発行したもので、彼の代替駆体として「ハーストイーグル・アナイアレイター」の名が記されていた。重量四百トン、全高二十六メートルの駆体の外観は三面図で描かれており、元のハーストイーグルとはかけ離れたシルエットをしていた。
各所に刃のような構造が生え揃い、それが羽のように連なっている。
前面を鋭く睨みつける四眼の頭部、そして背面に向かうもう一対の頭部が存在し、先端はナイフのように尖っていた。後方に伸びる尾部は、以前の駆体にあった蠍の尾のようなものではなく、大型のナタの如く巨大な構造物が横たわっている。
ハーストイーグルの奇形種、同種を要求してはいたものの、まさか希少駆体を寄越されるとはロナにとって望外の事であった。
学習済みの武装リストには銃槍マーヴェリックのみ、ある程度戦闘の実績がある駆体なら何かしらの武装が何種か記されているものであるが、それが無いという事はどうやら前任者はいないらしい。
資料にざっと目を通した後、担当官は長さ二メートルにもなるカーキのバッグを傍らへ丁寧に置いた、中には八本の専用鋳造されたコントロールスピアが束になっている。重量にして約四十キログラム、背負って歩くにはスリングを使って肩や背中にかけるしかない重さである。
バッグに縫い付けてある製造元を示すワッペンにはイーオンフラッグス社のロゴがあった。通常であれば発掘からスピア製造まで一社で行うものであるにも関わらず、ロクスウェルストラット社が扱う駆体のコントロールスピアを、外国のメタルヒューマ取扱い企業であるイーオンフラッグス社が供給しているのか、と、ロナはふと不審に思った。
しかし今いる場所にはその肝心の駆体はなく、書類を手にしていた事情を知る担当官によれば五十キロメートル先の旧駐駆場に保管されているという。さらに悪いことに、その駐駆場は先日の戦闘で敵地上兵に占拠されてしまっていた。エスピリト隊の援護を受けた敵の地上兵力は、戦力で劣る駆兵本隊を圧倒しこちらの地上兵力である機甲大隊は撤退を余儀なくされたのだ。
逃走の際、アナイアレイターの接収を防ぐためにコントロールスピアを抜き取って去るのが精一杯であったと担当官は語った。
ロナとキルスティは、この状況に疑問を抱いた「なぜ敵は占拠したアナイアレイターを破壊処理しないのか?」二人は敵の策略を推測した。
一つは乗り込もうとするドライバーを殺害する罠である。敵は駆体を餌として残し、奪還を試みる者を待ち伏せている可能性がある。希少個体の奇形種が存在するなら割り当てられる優秀なドライバーがいる。強い奴は何に乗っても脅威となるならドライバーを確実に殺したいだろう。
二つめはスクレロリンクス等の駆体で吊り下げて輸送しようとする者ごと破壊する狙いだ。駆体を回収しようとする際に、輸送手段もろとも攻撃し戦力を削ぐ計画かもしれない。
誰が見ても分かる確実な罠である。
それでも、状況を打破するためには行動を起こすしかない。ロナは決然とした表情で「やるしかない」と言い切った。彼女は続けて「我々がアナイアレイターを奪還しようとすれば、必ずチェカ・オルネラス率いるエスピリト隊が目を付けるだろう」と警戒を示した。
当然、メタルヒューマによる敵地上兵力の排除をさせはしないとエスピリト隊は間違いなく攻勢に出る。
ロナたちは、敵の罠やエスピリト隊の妨害を考慮しつつ、慎重かつ迅速にアナイアレイター奪還をしなければならないと作戦の計画を練り始めた。多くの困難と危険が待ち受けているのは目に見えているが、新たな駆体を手に入れることが任務を左右する鍵となることは明白だった。
アナイアレイターに乗り込むためには駆体周囲の市街に潜む敵兵を排除、制圧し一定時間の安全確保をした上でロナはコックピットシェルが存在する高さまで縄梯子を登らなければいかない。潜伏する敵兵にとっては、開けた土地で縄梯子を昇るドライバーを銃で撃つ事など酒を飲みながらだって出来る程に簡単だろう。
排除と制圧まではキルスティやオリバーの駆体で可能だが、安全確保には地上兵力による周囲警戒が必須であった。
ロナ、キルスティ、オリバー、アンジェリカの四人は、アナイアレイター奪還作戦の協力を得るため、地上兵力の指揮官であるブラバド大尉の元を訪れた。彼の指揮所は、陣地の中央に位置する指揮車両の中にあった。車両の周囲には兵士たちが忙しなく行き交い、戦況の厳しさを物語っている。
指揮車両の前で立哨していた兵士に用件を伝えると、すぐに中へ通された。車内は地図や通信機器で埋め尽くされ、戦場の緊迫感が漂っていた。中央には鋭い眼光を持つ中年の男、ブラバド大尉が立っていた。彼はロナたちを見るなり、忌々しげな表情を浮かべた。
「お前たちがキルチーム03か、わざわざここまでご足労頂いて何の用だ?」
ブラバド大尉は一瞥すると指揮車両トラック内のシートに腰を這わせるように座り込み、紙巻を咥えてオイルライターを取り出して火を点けた。ろくに換気もされていない車内には男の汗とヤニの匂いが充満しており、キルスティは我慢ならず口元を襟で覆っていた。
ロナは一歩前に出て、敬礼をしながら口を開いた。
「ロナ・ワイズマン二等駆兵です。アナイアレイター奪還作戦への協力をお願いしたく、参りました」
ブラバド大尉は鼻で笑い、腕を組んだ。
「アナイアレイターの奪還だと? お前らの都合は詳しく知らないが、今の三体もいれば間に合うんじゃないのか、お前らのターゲットはリリエンステルヌス一体のはずだが」
「はい。しかし、キルリスト入りする程の脅威度を持つリリエンステルヌスを相手にするには、万全を期すため占拠された駆体を取り戻すことが必須と判断しました」
「ふん、それで俺の兵士を使いたいって言うのか?」
「はい、仰る通りです」
「……ならば条件がある、取り巻きのレイグウォン六体も全て撃破しろ、敵の増援もあればそれも全てだ、ディタイ上空にいる全ての敵駆体をお前らが片付けろ」
ロナは驚きのあまり言葉を失った。レイグウォン六体ならまだしも、増援を含む敵駆体の撃破は、本来なら本隊が行うべき任務であり、キルチーム03にとっては無茶な要求だった。
「しかし、それは本隊の任務では……」
「黙れ。お前らが最後の一人になっても構わずぶつかってこい」
完全に使い潰しの指示だった。アンジェリカが一歩前に出て鋭い視線でブラバド大尉を睨みつけて口を開いた。
「元は易々と明け渡したお宅らの失態だ、必ず協力して取り返せよ」
ブラバド大尉は眉をひそめ、アンジェリカを睨み返した。
「お前もキルチーム07を丸ごと失いやがって、何を偉そうに」
返す言葉にアンジェリカの表情には怒気が覆い一触即発の空気が流れた、ロナは深く息を吸い込み、意志を固めた。
「分かりました、やってやります、アナイアレイターがあればやれます」
若者の勇み言葉にブラバド大尉は「言ったな」と満足げに頷いた。
「その代わり、そちらの車両隊が最後の一人になっても、奪還を諦めないでください。俺には代わりがいますが駆体は極希少種です」
その言葉に、ブラバド大尉は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「面白いことを言うな、小僧、俺達兵隊はお前の肉の盾になれってか?」
「……俺はあなたたちの銃です」
若造が放つ生意気な格好つけた言葉に、苛立ちを見せたブラバド大尉は床に煙草を落とすとブーツで踏みつけて立ち上がった。
その時、指揮車両の奥から中肉で険しい顔つきをした男が現れた。彼はストルッカー中尉と名乗り、もし奪還作戦が行われるなら車両隊として参加する者である。
「ロナと言ったな、お前は強いのか?」
突然の問いに、ロナは言葉に詰まった。するとオリバーが前に出て、ストルッカー中尉を見据えながら答えた。
「強いさ、コイツが敵ではなくて良かったと思うほどにな」
ストルッカー中尉はしばらくオリバーを見つめた後、ロナへ近づくと彼の肩へどすんと拳を押し付けた。
「お前を駆体に乗せる為だけに、車両隊の兵士五十名が命を賭ける、俺もその一人だ。分かったな」
毛の生えた彼の筋張る手の甲には、力強く血脈が浮かび上がっていた。
包囲戦の戦局は、これまで敵の主力メタルヒューマ部隊を自軍の駆兵大隊の本隊が壊滅させ、天敵不在となった地上兵力がディタイ中心へ進行していた。しかし、その後エスピリト隊がこの地にやってきてからは、本隊が尽く返り討ちにされ、障害排除の作戦もままならず現状の膠着状態に陥っていた。
元は本隊の力不足が原因ではあるが、ブラバド大尉は本隊が制空権を明け渡したと同時に、敵勢力のメタルヒューマから行われたマンハント空爆によって部下や仲間の多くを失った結果、戦果を上げないメタルヒューマドライバー達全員に対して偏見を持つようになっていた。
ロナたちは、ブラバド大尉との交渉を終え、ストルッカー中尉率いる機甲車両隊とアナイアレイター奪還作戦の準備を進めることとなった。激しい戦闘になることは明白だったが反撃の糸口へと繋がる奪還作戦への決意は固かった。
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打ち合わせを済ませたロナたちが指揮車両のあるメインストリートを出た、そこには都市戦の爪痕が生々しく刻まれていた。石造りの三階建て建築が両側に連なり、その間を瓦礫や弾痕が埋め尽くしている。崩れかけた建物の隙間から、銃痕が穿たれた看板が顔を覗かせていた。
四車線のメインストリートは地上兵力の拠点として陣地化されている。道路の至る所に、鉄板や土嚢を組み合わせたバリケードが設置され、半ば要塞と化していた。高射砲の近くでは兵士たちが武器の手入れをしている。
駐駆場からの撤退戦で物資を多く失った影響は大きく、ここにいる兵士たちは皆、疲労困憊の様子だった。まともな食料すら行き渡っていないのか、干からびたパンをちびちびと齧っている兵士の姿もあった。
その一方で、軍人達に対して迎合し食品を売る市民の姿も見えた。板切れに野菜や果物を並べた即席の露店が何軒かあり、銃を携えた兵士たちが必要最低限の食料を求めて買い物をしている。
しかし、メインストリートには別の光景もあった。負傷兵たちが路上に設置された野戦治療所に並び、苦痛に喘いでいた。銃撃戦で撃たれた兵士が、瓦礫の上に横たわり、肩を抑えながら呻いている。その横で、衛生兵が止血処置を施していた。
「動くな、しっかり押さえろ!」
衛生兵の叫び声が響く。
「頼む……頼むよ……クソ、俺の脚……!」
別の兵士が、包帯で巻かれた太ももを押さえていた。血がじわりと滲み出し、彼の表情は痛みに歪んでいる。あちこちで呻き声が上がり、誰かのうめき声に混じって、低く祈るような呟きが聞こえている。
遥か遠くから砲撃の残響が届く中、路上で横たえる肉体の腹に向かって鉗子やメスが飛び込み、手を真赤に染め上げて衛生兵は必死の外科治療を行っていた。
「……ここにいる連中、もう限界だな」
オリバーが腕を組んで呟いた。
ロナもその通りだと思った。この陣地の兵士たちは、戦う気力すら削がれかけている。長い戦闘の果てに、いつ終わるとも知れない防衛戦を強いられ、今はただ持ちこたえることだけを目的にしているようだった。
その様子を眺めながら、ロナとキルスティは、瓦礫の山の上に腰を下ろした。
崩れかけた石材の隙間から、地面に転がった薬莢や血糊のついたヘルメットが見える。
遠くで、子供たちが砲弾クレートの傍らでボールを蹴り合って遊んでいた。それは戦争の真っ只中とは思えないほど無邪気な光景だった。
ロナの視線の先に、小さな兄妹がいた。
幼い兄が、妹の手を引いて、恐る恐るこちらに近づいてくる。服は煤け、穴だらけで顔も汚れていた。
ロナの前で足を止めると、二人は顔を上げた。
「何か食べ物、持ってる?」
兄の方が、怯えながらも勇気を振り絞って言った。
こういう場面はカスケード隊にいた頃、モーテルの近くで何度か経験していた。前線にいると、食料を求めて兵士の元へやってくる市民は珍しくない。特に戦火が長引けば現地の人々の暮らしは壊滅的になり、飢えた者たちが軍の陣地を頼ることもある。
ポケットを探ると、携行していた駆兵用の糖蜜で固められたゼリーパウチが見つかった。ロナはそれを取り出し、小さな手にそっと渡した。
兄妹は無言でそれを受け取ると、礼も言わずに走り去った。
ロナは、その背中を黙って見送った。
「どう思う?」
隣に座るキルスティが、ぽつりと訊いた。
ロナはしばらく考え、正直に答えた。
「……腹が減ってるんでしょう」
キルスティは短く息を吐き、視線を前方に向けた。
「そうだな。だが、ここにいる市民はただの飢えた人間じゃない。彼らはこの国の反政府側の主張を持ち、私達兵士と一蓮托生の運命だ」
「……はい」
「私達が敗走したなら、彼らも容赦なく掃討されるだろう。敵にとっては、ここにいる全員が反政府勢力の一員だ」
ロナは息を呑んだ。
「それと……あの兄妹を見ただろう」
キルスティの視線は、さっきロナがパウチを渡した子供たちの方へ向いていた。
「彼らは軍人ではなく文民だ。だが、生き残るためなら子供だって何でもする。気を抜くな」
その言葉に、ロナは思わずキルスティを見た。
「……少尉は、過去に何かあったのですか?」
ロナが慎重に訊ねると、キルスティは一瞬、表情を変えた。
ほんの僅かだったが、その目には苦悩の色が浮かんでいた。だが、次の瞬間にはまた無表情に戻り、短く一言だけ答えた。
「焼き払った」
ロナは、それ以上言葉を続けられなかった。焚き火のような煙が、遠くの建物の向こうから立ち昇っていた。
静かに広がる煙の匂いを嗅ぎながら、ロナはキルスティの言葉を反芻していた。
戦争では、こういうことが珍しくないのだと分かっていても、その重さに慣れることはなかった。
キルスティは静かに立ち上がると、背を向けたまま言った。
「行くぞ。お前が生きてるうちは、私が焼く側でいてやる」
ロナは、しばらくその背中を見つめていた。以前オリバーが伝えてくれた「傷は癒えない」という言葉が脳裏に浮かび上がった。自分にはキルスティが過去に負った傷を癒す事など出来ない、この街にいる市民の傷も癒えることは無い。
でも、彼女へ新たに降りかかる刃を払う事は出来る。
自分の力で変えられる。
自分の体が何のための兵器であるのか考えなさい。
彼女の言葉が蘇った。
「俺は……武器になれます、キルスティ少尉だけにトリガーは引かせません」
キルスティ少尉の武器になれます、と言いたかったのに小恥ずかしが邪魔をしてくれた。
「生意気だな」
振り向いた少尉はその時、少しだけ笑ってくれた。




