表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
METAL HUMA  作者: NAO
チャプター2「ガーディアンエンジェル」
26/41

EP#14「猛禽」




 二人が目にした、たった一言を告げて戦域へ侵入した存在は、異常そのものであった。 


 高度八千から超音速を維持し、駆体に纏わりつくヴェイパーコーンをぶち破り続け、標的である砂漠の黒豹へ突入したハーストイーグルは、地表への激突に対する恐怖心というものが微塵もないというのか、銃弾さながら突き刺さるように降下した。


 キルスティを追い詰めていたフォルスラコスは、急速接近する乱入者を迎え討つ為に駆体を反転させ、空間を支配する数々の火球の一部を彼我の間に妨げるように配置し、内一体は三砲身ラヴァジェット砲を連射、ひとつ距離を置いたもう一体はラヴァパーティクル砲を構えて斉射した。


 明かりひとつとない、日が沈みきった黒一色で満たされた砂漠の夜空は、二体のフォルスラコスが一斉に放つ殺意の光の数々で昼間同然に燦然と塗り替えられ、発射点は砲撃時の爆風で舞った砂煙に包まれている。


 ピク・ルイセンコとは、どんな相手なのか分かっているのか、どんな凶器を手にしているのか理解しているのか、二人が命知らずであると抱いた突入行為は、更なる非常識を以て否定された。


 ハーストイーグルは乱れ撃ちされる数十発に及ぶラヴァジェット砲に対し、散布界の隙間を前進のまま突き抜け、横方向から撃ち込まれる狙い澄まされた一条の烈線は、更なる加速をもって未来位置の射線より先に移動する事で、数メートルすら横に逸れず回避せしめたのである。


 遠目から見れば、射撃が全て避けて通るように映る異様な光景を目の当たりにしたキルスティは、声を失う思いであった。 


 想定外の乱入者が現れ、二体のフォルスラコスはこれまでマルティナヴィスとスクレロリンクスを一旦据え置き、ハーストイーグルを手早く済ませつもりであったが、説明しようの無い異常な程の機動を見せつけられ、先ずは同時に相対する数を減らす為、先にマルティナヴィスのドライバーキルを行うと切り替えた。


 おびただしい程に飛来し続ける火球に藻掻くマルティナヴィスへ、ぐるりと三砲身の先端が向けられた直後、射程内に侵入したハーストイーグルは両腿のレシーバーから一条の照射烈線を放ち、地表を縦に払うように切り裂いた烈線は、砂漠の砂地を舞い立たせながら突き進み、マルティナヴィスに接近するフォルスラコスへ向かったが、奴は直撃間近でサイドスラストを噴射し躱した。


 常時機動制限を与えられているキルスティは、乱れ飛ぶ火球とラヴァジェット砲どっちを喰らうか選択を迫られ、直撃時の被害がコントロールしきれないだろう、フォルスラコスが振り抜く三砲身の射線から逃れる事を選んだ。


 火球の一発が、マルティナヴィスの背部構造物に直撃しシェルに強烈な振動が伝わった、駆体の表層防護膜が再生成すると同時に、キルスティが握るグリップの先にあるコントロールスピアが赤熱し、独特の鉄が焦げた臭いを漂わせた。これ以上、機動したら破断してしまう、動かなければ撃たれる。この状況下で、破断後にスピアを差し替えるという時間的余裕は存在しないだろう。


 死の運命が迫るキルスティが覚悟を決め、どうせ破断するなら一矢報いようとストレラを構えた直後、回避機動を続けるフォルスラコスへ、飛来するハーストイーグルは間髪入れずもう一条の照射烈線を放ち、四脚の内、後部二対の両足を切り裂いた。


 キルスティはハーストイーグルから与えられた機会を見逃さず、シート裏から交換用のスピアを抜き取り、グリップより下部にある劣化したスピアを抜き去って差し直した。


 キルスティを狙っていたフォルスラコスは直撃時にバランスを失い、残った前足だけでかろうじて地表でブレーキングを行っている。接近を許さないと二体目から行われた妨害砲撃をものともせず、やがてハーストイーグルは至近距離にまで迫った。


 フォルスラコスの溶断され捥ぎ取られた脚部構造は舞い飛び、慣性のまま地表へ落下していた。後部の脚を失い、機動力を喪失させ撃破も間もなくと考えたのも束の間、奴は姿勢を二脚へと変貌させ、直立した格好となり三砲身を構えて烈線照射の発射点へと向き直った。視界にハーストイーグルの影を捉え、三砲身を振り回して連射するも、どれも闇夜に赤く残る四眼の軌跡を掠めるばかりに終始した。


 常に二対一で狙われ続けるハーストイーグルは、至近距離の一体を、奥に位置する二体目からの射線へ常に据えるように機動する事で、実質的に一対一の状況を相手へ強要している。


 半壊したスクレロリンクスで高度を維持しつつ、次々と飛び込んでくる火球の回避に注力するオリバーは、この光景を眼下に混乱を覚えた、救いが現れた、という状況こそは理解するものの、命知らずという言葉では形容しきれない戦闘の様相と、互いに複雑機動を繰り返す中、あのフォルスラコスを相手にして、射線を敵で遮り続ける事で一対一を維持するという、真似しようの無い技術を目の当たりにして覚えた感情は戦慄に近かった。


 言って出来る事じゃない。

 思って出来る事じゃない。

 やって出来る事じゃない。


 戦場の猛禽を目の当たりにし、オリバーが安堵した理由は、救いの手が現れた事ではなく、あの存在が敵ではなくて良かったというのが正しかった。


 二体のフォルスラコスがハーストイーグルに集中する中、やがて奴らが放っていた空間を支配する火球の数が減り、密度が薄まった。キルスティは目にする光景に唖然としたままではいられないと、このまま黙って眺める訳にはいかないと判断した、あまりにも人間離れした戦い様に言葉が通じるのかすら一抹の不安を覚えたが、ハーストイーグルのドライバーへ意を決し、無線でコミュニケーションを試みた。


「ハーストイーグルドライバー、聞こえているか、カバーする」

「……マルティナヴィスのドライバーか、この二体はそろそろ動きを変える、二人は手前にいる奴を狙え、俺はずっと奥にいるピクを殺す」

「ラジャー、足を捥がれた方を狙う」


 意外にも若い男の静かな声であった、抑揚にも欠け、何かを失った声色は、二体のフォルスラコスの内、どっちにピクが乗っているかを断定していた。


「助けに感謝する……ハーストイーグルドライバー、何故、奥にいるのがピクだと分かる」

 オリバーはハーストイーグルのドライバーへ率直に疑問を訊ねた。


「あいつはこの場で生き残った奴を、最後に自分の手で殺すつもりだ、その自信があるように見える」

「……了解した」

 確かに、常に距離を置き、消耗を避ける行動を続けつつも決定打に対しては防御行為に出る、奥にいるフォルスラコスは生存率が高いやり方をしているのだろうと理解したが、直感を根拠にする回答には何も言えなかった、しかし、オリバーはセンスとしか言いようがないハーストイーグルドライバーの言葉を信じた。


 何故なら、土壇場に野生の勘があるとするなら、それに難癖をつけられる根拠こそ自分には無いと考えたのだった。


 ハーストイーグルは、手前のフォルスラコスの周囲で円を描くようにスラストを繰り返した直後、一気に切り込み、駆体を一回転させ尾部に生成されたブレードを振るい抜いた。


 暗闇に包まれた砂漠に橙色に輝く、弧の残光が残り、奴が手にしていた三砲身ラヴァジェット砲を横薙ぎに切裂いて封じた。フォルスラコスは衝撃の余りバランスを失い、高速で地表に脚部を切り付けるようにして着地し、辺り一帯には砂嵐と見紛う程の砂煙が舞った。


「……スクレロリンクスのドライバー、頼みがある、俺が動きを止めたら三秒でいい、時間を稼いでくれ」

「ラジャー、任せろ、カーマガ・スタンバイ」


 オリバーは動きを止めたら、という腑に落ちない要求であったが、あのドライバーから助けを求められて断る理由など一つとして無いと、二つ返事で了承した。ハーストイーグルは手前にいる手負いを二人に残し、ピクであると断定した、常に中遠距離を保つフォルスラコスへ爆風と共に砂煙を立ち昇らせて突進した。


「オリバー! まだいけるな、仕留めるぞ、刺し違えは無しだ」  

「了解、隊長」


 スクレロリンクスは再び旋回してカーマガを再生成し、マルティナヴィスは両腕に生成されたストレラと背部構造物で生き残ったレシーバーを、手負いのフォルスラコスへ向けて構えた。



 距離を置いて待ち構える、ピク・ルイセンコが駆るフォルスラコスへ突入するロナの心中に何も恐れは無かった。


 ロナにとって、くたばればレレイに会える、都合よく、もしあの世があるのなら苦しみの渦中へ助けに行けなかった事に謝罪の限りを尽くしにいける。


 あの世が無いのなら、身を塵に帰して自身を罰する事ができる。


 仮に運良く肉体が生き延びてもその内死体になる、ただそれまでの間に出来上がる死体の数だけが違う。


 積み上がった山の最期には、必ず自分の死体が乗る、その程度の違いだけであった。


 生きようとするから、生きている、だから死ぬ。


 今、自分が生きも死にもしていないのだから、戦えば、相手が先に死ぬしかない。


 だから、ピク・ルイセンコ、俺を殺して見せてみろよ。


 死ねるか証明して見せろ。

 ハーストイーグル、一緒に壊れてくれ。


 生を失ったロナを通して駆体に迸るエネルギーは、四肢の隅々まで行き渡り、音叉のように震える構造体は音階を吊り上げる猛禽の鳴き声の如く嘶いた。


 ピク・ルイセンコは、これまで数々の戦場を渡り歩いた中で、人が死ぬ時とは駆けずり回った末に絶望に打たれ、渇き切って死を受け入れて倒れる時であると考えていた、そうして血の一滴まで絞り尽くすように死ぬまで甚振り殺すのだ。彼と対峙した難敵と呼ばれた数々の存在は成す術もなく目の前で力尽き、最期を迎えていった。ピクにとって戦闘とは、目の前で勝手に倒れた者に、慈悲の一撃を与える事であった。


 戦場を、生に対する渇きと死で満たしてきた。

 しかし、今になってとうとう異質な存在が現れた。


 渇きようがない者であった。

 生者でも、死者ですらない。

 

 ピクはフルフェイスマスクを剥いで投げ捨て、洟で大きく息を吸い込んだ。かつてプロバガンダにも用いられるほど整った顔立ちをしていた彼であったが、露わになったのは、過去に大火傷を負った結果、痛々しく焼け爛れた顔面であった。


 産毛一つ生えず、轍のようにひしめく皺で埋め尽くされた表情に浮かぶのは、穏やかな眼差しであった。それは目の前に迫るハーストイーグルのドライバーへ哀れみと同時に、死にもしないなら、せめて肉体から解放してやろうという思いであったからだ。


 四脚を空間に対するアブソーバーとして巧にバランスを維持しながら機動し、バックスラストを繰り返し、後退しながら単装ラヴァパーティクル砲と三砲身ラヴァジェット砲を乱れ打っていたピクのフォルスラコスは不意に飛び上がり、四脚骨格のそれぞれを曲げ、二重脊椎を変形させた。


 両腕に成されていた武装は砂鉄へ霧散させられ、砂漠の砂に降り注いで紛れた。後ろ脚を羽のように翻し、前脚で直立し、右腕のインターフェースが延伸し新たに形を成したのは、銃鎌(じゅうれん)シーヴィ。


 四肢に墓標を突き立て、砂漠の黒豹と呼ばれていたフォルスラコスは、闇に溶ける歪な守護天使の姿へと変貌したのであった。


 挿絵(By みてみん)

 

 ロナは姿を変えたフォルスラコスを目の当たりにしても、眉ひとつ動かす事なく、グリップを強く押し込み、シェルの内部を貫くコントロールスピアを一気に最大深度まで突き刺した。


 コントロールスピアはドライバーと駆体を繋ぐ導線の役割を果たす、この深度が深くなればなるほど、駆体との接点面積が増加して伝わるパワーが高まる、それに伴ってドライバーには苦痛で表情が歪む程の痛みと、一瞬で気を失うであろう膨大なパワー負担を覚悟しなければならい。


 スピア深度による負担など微塵の考慮無く、射程へと捉えたハーストイーグルは、両腿のレシーバーから烈線照射を左右それぞれ斜め方向に放ち、砂漠の夜空に二条の光柱が突き抜けた、すると鋏で両断するか如く、二手に分かれた二条の間隔は一瞬で狭まり、交差した。


 形態変化により空中安定性を高めたフォルスラコスは、舞うように列線照射の鋏を避けた、しかし、長時間照射される死の鋏は、一度避けても何度も交差を繰り返し切断を迫った。


 相対距離が空くほど回避が不利になると踏んだピクは、衝撃波を発して前進へとスラストを噴き上げると同時に、四肢のそれぞれに突き立つ墓標を割り、再び数十発にも及ぶ紫の火球を放った。漂わせて遊びを生む事は無く、全弾一斉誘導である。


 ハーストイーグルの両腿のレシーバーは、五秒にも及ぶ長時間の照射を終えて先端が赤く溶解し、涎のように垂れ、機動の度に揺れて涙滴した。先刻行った鋏のようにして振り回す烈線照射によって、フォルスラコスの行動を接近へと誘導せしめたロナは、地表ギリギリへ降下した後に、襲い掛かる無数の火球をジグザグと機動を繰り返し回避機動へ注力した。無数の紫に輝く火球は次々と砂漠に降り注ぎ、回避後の再誘導を封じられていった。


 砂漠の地表を駆け回り、後を追うように火球が弾着して爆裂とともに砂煙を舞い上がらせ、一帯の地上は停滞する砂嵐に見舞われた様であった。


 砂煙に飲まれた地表を見下ろす歪な守護天使は、煙の中に潜んだ赤く光る四眼を見逃さなかった。銃鎌シーヴィを構え、一気に至近距離で仕留めると急加速で迫った、標的が迫る中、ロナは恐れる事無く堂々と赤熱し劣化したスピアを素早く抜き去り、一瞬で交換用スピアへと差し換えた。フォルスラコスが四眼の主へと一瞬で距離を縮めた刹那、砂煙を打ち破って突き伸びたのは、凶槍ナイトアリアが放つ砂漠の夜空よりも黒い七枝のヒビであった。


 ロナの瞳から光が奪われるも、瞼の瞬きはまだ気を失ってない事を示した。一発を放った右腕に成されていた凶槍は構造体が崩壊を始め、先端から砕けるように形を失っていった。


 後端に燃える砂鉄を散らしながら、放たれたヒビは多角形に曲がりくねり、無秩序に夜空を駆け巡り、接近から複雑機動へと切り替えたフォルスラコスを容赦なく追跡した。縦横無尽にスラストを噴射し、ヒビを躱し続けるフォルスラコスは銃鎌シーヴィを振るい、先端に明滅して放たれたのは紫に燦然と輝く十二条にも及ぶ誘導照射曲線。


 放射状に広がり、ハーストイーグル目掛けて一気に乱れ飛ぶ曲線はロナに否応なく回避機動を強要した。


 互いに放つ誘導砲撃を避けながら、砂漠を眼下に二体の巨影は接近を続けた。ハーストイーグルの右腕が捥がれ、フォルスラコスの片羽は切り裂かれ、互いに四肢のどれかを一秒が過ぎるごとに置いて行った。

 

 更にハーストイーグルは突き抜ける曲線を喰らい左脚を失い、フォルスラコスは右腕を喪失した。


 片足でバランスを維持しながらスラストによる爆音を轟かせ、フォルスラコスの眼前に迫った。そして通り抜ける瞬間に駆体を反転させた、至近距離で背後を見せる奴に対して、ハーストイーグルが左腕に成していたもう一対の凶槍ナイトアリアを放った。


 シェルの内部、激しい振動の中、ハーネスでシートに固定されるロナの肉体は糸を切った人形のように力なく垂れ、ハーストイーグルの四眼から光が消えた。空中で慣性のまま駆体は投げ出されて放物線を描いている。


 左腕に成されていた凶槍は崩壊を始めた。


 ピクは、二度目に放たれたナイトアリアを回避する術は無いと、であれば道連れにするつもりで手に成す銃鎌シーヴィを振るい抜き、死ぬ前に放ってやると構えた直後であった。


 遥か遠方より鏡面の輝きが明滅し、放たれたカーマガによる一条の烈線はフォルスラコスの左腕を捥ぎ取った。発射直前の明滅を孕んだまま駆体から切り離されたシーヴィは、そのまま光を失い落下していった。


 再び四眼に赤い光を取り戻したハーストイーグルは、落下の最中、全方位からフォルスラコスの胴体をいくつもの凶槍のヒビが突き抜けてゆくのを見届けた。砂漠の夜空で、赤い溶痕を煌めかせ、次々と黒いヒビに串刺しにされた守護天使は、崩れるように駆体の形を失い、黒い砂漠の石に紛れるように落下していった。


 ロナの胸中は、死ねなかったというよりは、まだ終わらないのか、という掠れた感嘆であった。


「スクレロリンクスのドライバー、ピクは死んだ、そっちはどうだ」

「……キルスティ隊長が仕留めた……ドライバーキルだ……どうだ、俺のカーマガは役に立ったかな……?」

「完璧なタイミングだった」

「それは良かった……」

 無線から届くスクレロリンクスのドライバーの声は、言葉尻が常に消え入るかのようで凄まじい累積疲労を思わせた。


「ハーストイーグルのドライバー、私はキルスティレイだ、あなたがいなければ私達は間違いなく死んでいた、礼を伝えるのが遅くなったよ、ありがとう」

「……単なる任務だ」

 ロナは、言われた仕事をやっただけに過ぎないというのに、感謝を伝えられた事に戸惑いを覚え、回らない頭で苦し紛れと併せてぶっきらぼうな返事をした。


「……俺の名はオリバーだ、好きに呼んでくれていい……おい、まさか二日後に来る予定のキルチームの増援って、あんただったのか……?」

 オリバーは思い出したようにロナに訊ねた。


「ハーストイーグルのドライバー、所属を教えてくれるか」

 キルスティも質問を具体的にして訊ねた。


「ロナワイズマン二等駆兵、キルチーム03へ配属され、着任の為にフェリー飛行していた所、キルリスト対象の交戦を目撃して飛び込んだ……、もしかして二人がキルチームの隊員でいいのか」


「なんて奴だ……」

 オリバーは殆ど何も考えずに、この状況に飛び込むという者が存在する事に唖然とした。


「とんでもない歓迎になったな……、ようこそキルチームへ」

 こんな同僚との出会い方などあるものかと、キルスティはシートへ背を預け、無線の後にため息をついた。


 余りにも過酷な一仕事を終えた三人は、そのまま体を休めていたい思いは共通していたが、あくまでも敵の勢力圏であるこの場所からは一刻も早く離脱する必要があった。ロナは尾部のレシーバーを地面に突き立てて失った左脚の代わりとし、残った右足と併せて駆体を立ち上がらせた。


 キルスティが二人へ移動能力は失ってはいない事を無線を通じて確かめ、方位を伝えて帰還へとコースを取った直後であった。


「シルエットプラスツー、六十キロメートル先、内一体がこっちに向かっている、そこそこ速いぞ、マージまで二百十秒……種別は……ただのセアラダクティルスじゃない、コイツは奇形種だ、見た事の無いセアラダクティルスの奇形種だ、ちくしょう今更かよ……」

「……やるしかないか」

 キルスティの語気は、今にでも悪態が吐き出されそうであった。


 セアラダクティルスの奇形種、それが意味するのは、稀少個体を任されているのは間違いなくスレートドライバーだという事であった。駆体の戦闘力は前線の実戦に配備されているなら想像に容易く、かつ、記録に無いシルエットであれば脅威度は未知数、危険な相手なのは確実であった。


 それに加えて、仲間から外れてたった一体でやってくる事が、オリバーの報告を聞いたキルスティは底知れない不気味さを覚えた。 


 ロナのハーストイーグルは進路をそのままに、四つ眼は飛来してくるだろう方角を見据えている。いよいよキルスティは三人の内誰が生き残れるか保証できないと考えた次の瞬間、新たな無線が舞い込んだ。


「こちらサーフェイス即応隊のミラーだ、駆け付けるのが遅くなった。キルスティ少尉、我々はあの無線を聞いて黙って見過ごす程、男が廃れてはいない、キルチームとマージまで百三十秒」


 キルスティが行ったあの無線を伝えてから、今、キルチームがいる場所まで百三十秒で到着というのは常に音速以上で巡行する程であり、決して彼らが無駄骨を折ってなどはいなかった事を意味する。


「こちらキルチーム03のキルスティだ、ミラー少尉……正直涙が出そうなほど助かった気持ちでいる……フォルスラコス二体は我々でなんとかドライバーキルを果たした。ただ何のつもりか敵の増援が来ている、数は一体だが、接近する駆体種別は記録に無いセアラダクティルス奇形種だ、十分注意して欲しい」


「あれを始末したのか……了解した、加えて奇形種の情報に感謝する、こちらはランフォリンクス四体とイカロニクテリス二体の混成だ、安心しろ。俺達は『陽が沈んだら女は家に帰せ』とお袋に教えられて生きてきた、綺麗な女の為に戦場で戦えるなら願ったりだ。キルチームへ、そのまま進路を変えず駐留地へ向かえ」


「サーフェイス即応隊ミラー少尉、重ねて支援に感謝する、キルチーム03これより帰還する」


 キルスティ、オリバー、ロナの駆体は合流し、同じ駐留地の進路を目指した。キルスティは激戦により消耗していたが、たった一体で向かってくる、記録に無いセアラダクティルス奇形種という存在に後ろ髪を引かれる思いであった。


 理屈で言えば、スレートドライバーならその内自分のキルリストに加わるかもしれないという事だが、極僅かな可能性の中で、必ず殺すと心に決めた存在であるかもしれないと、そう感じたからであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ