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METAL HUMA  作者: NAO
チャプター2「ガーディアンエンジェル」
24/41

EP#13「黒豹」




 夕刻に差し掛かった、黒き砂漠の丘陵には赤々と太陽が沈み落ちようとしている。地平線に浮かぶ稜線は、黒インク一色で満たされた波に思えた。血のように赤く垂れる夕日ですら、茫漠と広がる漆黒は染め上げられない。


 砂地から覗く、落伍した渡り鳥の白骨にこびり付き、吹き荒ぶ風に揺れる枯れ葉は渇いた死肉であった。


 不意に、風は沈黙した。


 渇いた肉の欠片は鳥の肋骨から、からりと欠けて砂へ落ちた。


 細骨の向こうに覗く、陽炎に歪む遥か遠くの砂丘に、一つの黒点が浮かんだ。


 はじめに、けたたましい風切り音が轟いた、次に、腹を空かせた黒豹の喉鼓か、或いは、人のそれとは掛け離れて早く打つ心臓の鼓動の如き駆動音は、唸り、一帯に鳴り響いた。


 足先四隅に墓標を突き立てた暗黒の四足獣、フォルスラコスは待ち侘びた訪問者へ向けて更なる加速をし、駆体にぶつかり圧縮された大気は衝撃波となり砂丘の稜線を蹴散らした。五千メートルに及ぶ砂峰ですら跳躍台に過ぎないと言うのか、獣さながら軽々と飛びぬいた。


「渇きたいのか」


 キルリストドライバー、ピク・ルイセンコは訪問者の正体が威力偵察を敢行した二体である事を直感し、再戦を挑むつもりだと確信している。シェルの内部、フルフェイスマスクの内には焼け爛れた顔面に赤く血走る四白眼が見開かれていた。


「渇きの味を知りたいのか」


 ピクは左腕の袖を捲った、ジアゼパムが充填された銀色に輝く注射器を腕の青痣へ突き刺し、握り込む手の甲に血脈を浮かび上がらせてブランジャを押し込んだ。


「なら、死ぬまで味わえ」


 空の注射器はシート裏のダンプポーチに投げ捨てられた。


アピコン(ガーディアン)エンギ1(エンジェル ワン)、プレヴレクァイ(エンゲイジ)ツ」


 更なる唸りを上げて、沈み落ちる太陽を背に獲物目掛け、フォルスラコスの影は地平線の闇に溶けて消えた。



 キルスティとオリバーは予定通りのルートを順番に通過し、識別線を跨ぎ標的の勢力圏に侵入した。キルスティが駆るマルティナヴィスは地上百メートルを、オリバーが駆るスクレロリンクスは高度一万三千を維持し、速度を合わせ三次元編成を組んで飛行した。


 この編成は一見、地上と高空でどちらか片方に攻撃が偏る危険性を持つとされるが、二人にとっては常に攻撃対象が二対一となり、二次元の水平ではなく、三次元の立体で挟撃するフォーメーションとして運用している。


 どちらか片方に射線の偏りが発生したとしても、捌き切る自信のある者だけが取れる編成だ。


 黒い砂漠を眼下に、高速巡行で飛行する二人には緊張が張り詰めていた。キルスティは索敵能力に優れる駆体を扱うオリバーからの無線が戦闘の火蓋を切ると踏み、無線機からの音声はいつかと注意深く耳を傾けていた。


 不確定要素はある、懸念もある。

 しかし、それらを拭う事は出来ない。

 戦闘とは常に不完全だ。

 ただ、生き残れるかどうかは、私にかかっている。

 臆せず取れ、バーン少佐の言葉は心拍の上昇を留めた。


「キルスティ隊長、百四十キロ先にシルエット、相対速度から二百八十秒でマージ、間違いない……フォルスラコスだ」

「ラジャー、セアラダクティルスはいるか」

「いない、フォルスラコス一体のみ、一体のみだ、引き続き警戒する」

「構わない、突入する。オペレーションオープン、ウェポンフリー」

「ラジャー、スクレロリンクス、ウェポン・カーマガ、スタンバイ」

「マルティナヴィス、スタンバイ」


 先にフォルスラコスの射程に入るのはキルスティのマルティナヴィスである、しかし、その時点で長射程の武装アッダーを放ったとしても回避されるのが目に見えていた、武装を保持して重量増加による無意味な消耗を避け、至近距離まで丸腰で接近する。


 私が肉薄し、奴に機動制限を与え、オリバーが撃つ。

 相対距離は百キロを切った。

 スピードを千二百まで上げる。

 奴の射程に入る、脳裏の視覚認識に奴の輝点が見えた。

 来る。


 キルスティの視覚認識に映る遥か遠くの輝点から、いくつもの明滅が火花のように散った。突如、正確に目掛けて乱れ飛んできた三十発に及ぶラヴァジェット烈弾を前進の内最小のサイドスラストで躱し、後方では次々と弾着による土柱が立ち昇った。


 フォルスラコスの高度は百以下、地上戦でやる気のようだ。

 距離はまだある、まだ遠い、更に近づく。

 奴はスラストを噴かし、高速の横機動を始めた。

 横引きで私を引き摺り回すつもりか。

 やってみせろ。


 砂丘を飛び越えた刹那、再び十数発の烈弾が視界に飛び込んできた、再度右方向へのスラストを行ったが、異変に気付いたキルスティは咄嗟に左方向へカウンタースラストを加えた。十数発のラヴァジェット烈弾に紛れ、未来位置を目掛け一条のラヴァパーティクル烈線が正確に放たれていた。


 全力での前方加速の最中、回避した一条は周囲を焼き付かせる燐光を放ちながら傍らを過ぎ去った。既に遥か背後となった砂丘に直撃した烈線は、砂丘そのものを三日月の如くくり貫いて吹き飛ばす程の威力であった、武装を手にしていたなら、重量による慣性でブレーキングが間に合っておらず直撃していただろう。


 構わず更なるを加速を繰り返し、こちらの射程に入った、右腕にアッダーを生成する為にインターフェースを延伸させ、同時にマルティナヴィスの背部構造物両脇にあるレシーバーからフォルスラコス目掛け四連発を放った。


 水平に散開した射撃を避ける為、奴は回避機動に移った直後、キルスティの合図を待つ事無く、遥か上空から鏡面のような反射光が明滅した。


「溶けろォ!」

 オリバーが叫んだ。


 高度一万三千メートルから撃ち放たれたハイプレッシャーラヴァパーティクル砲であるカーマガの烈線照射は、紙面にペン先を走らせるが如く、地表を切り裂くように引っ掻き回しながら標的を追跡し、爆音を轟かせサイドスラストを繰り返すフォルスラコスの側面を切取って掠めた。やがて天より突き刺さる光柱は瞬きの後、消えた。


 駆体直撃ではないが、右腕の生成武装、恐らくラヴァパーティクル単装砲を封じた。

 あの巨大武装だ、生成に時間はかかるだろう。

 このまま回避を繰り返させ、速度を奪う。

 逃がさない。

 やれる、殺す。


「耐えろオリバー!まだまだやるぞ!」


 単射が基本のカーマガを、先刻のオリバーは二~三秒に亘って全力のバースト照射をしていた、恐らく視界が眩む程のパワー負担であっただろう。キルスティは次の射撃機会は間もないと、天空のスナイパーへ激を飛ばした。


「こんな程度でくたばるかよ!」


 この状況に好機を得たと確信したキルスティは、フォルスラコスが左腕の手に成して振り回す、三砲身ラヴァジェット砲の射界に入らないよう、何段ものスラストを噴き上げ、奴の右側面に弧を描くようにして回り込んだ。


 フォルスラコスは水平旋回ではマルティナヴィスを射界へ捉えきれないと判断すると、ジグザグと左右スラストで距離を取る中、突如として飛び上がり、駆体をまるで裏返しさせて上下反転の恰好となり砲口を向けた。思いもしない殺しの動きを目の当たりにし、長砲身の砲口が真正面に見据えられ単なる図形となり、キルスティは背筋にぞくりと恐怖を覚えた。


 砲口の睨む先に容易く捉えられ、次々と至近距離で乱射される高速烈弾、その威力、一撃でも食らおうものなら忽ち継戦不能に陥るだろう。巨大武装である事が幸か不幸か、奴の三砲身は反射的な照準は困難なのか、辛うじて猛攻を潜り抜けていられる。


 回避機動を繰り返すマルティナヴィスが生成を終えた、右腕に伸びる長柄の矛先は標的へ振って突き付けられ、先端部の速度は音速を越えた瞬間に白雲を纏っていた。メタルコアハイドロニクス砲である蛇槍アッダーの柄は赤々と熱を持ち、槍兵さながら腰から突き抜いた直後、光球は放たれた、からがら奴に回避されるも、旋回誘導を続けてフォルスラコスの背後から再び回り込んで突入した。


 奴は回避の為に水平機動を切り上げて、瞬発的な垂直上昇を行った。

 お前、ミスをやったな。

 カーマガを喰らえ、上昇機動は真上から見れば停止しているも同然だ。


 オリバーは、キルスティが作り出した最高のチャンスを絶対に逃しはしないと、無形武装サードアイを使用した。それは駆体の視覚認識は通常、観測者の存在を中心に暗黒一面に浮かぶオレンジの輝点で景色が象られている、しかしサードアイは対象を多方向から同時観測したかのように立体視覚する事で、より正確な距離、速度、地形を把握し、精度を高めた射撃に効果する。


 最大の特徴は対象を阻むあらゆる物体に遮られない、透視すら実現する。


 オリバーは一瞬の隙を完全に捉えた。

 天空に再び鏡面の反射が煌めいた。

 一条の燐光を放つ光柱は地表のフォルスラコスを貫かんと突き進む。

 

 どこからか、水平方向からもう一条のラヴァパーティクル烈線。

 それはオリバーが放った武装カーマガの光柱を妨げるように直撃した。

 烈線と烈線がぶつかり、弾け、地表の暗黒を舞い降りる火花が包んだ。

 何が起こっている。


 誘導される再突入したアッダーの光球は空しく回避され、砂丘を抉って吹き飛ばした。奴は、フォルスラコスは体制を逆立ちから返して通常の姿勢に戻っている。


「キルスティ、五十キロメートル先にシルエットプラスワン、駆体種別フォルスラコス……嘘だろ二体目だ!」

「もう射程内にいる! キルスティ!」


 キルスティは生唾を飲んだ、至近距離で相対する奴の攻撃を回避し続け、最高速度を維持できない状態で二体目から遠距離射撃を見舞われればどうなるかと、それは間違いなく死を意味した。


 キルリスト、ピク・ルイセンコはどっちに乗っている。

 分かる訳が無い、このフォルスラコスを二体やるしかない。

 コード442……? 無駄だ、時間稼ぎにもなりはしない。

 むざむざと死人を増やすだけだ。

 こいつ、この状況を誘っていたのか。


 互いに射線を避けるように複雑機動を行う中、マルティナヴィスの眼前にいたフォルスラコスは砂柱を次々と立ち上がらせバックスラストを繰り返し、距離を取った後、足先にそびえ立つ四つの墓標を割って開いた。


 ……何をするつもりだ。


 フォルスラコスの足先四か所のレシーバーから、雷光さながらの強烈な明滅が瞬いて放たれたのは、太陽が沈み暗黒に包まれた砂漠に浮かんだ、紫に光り輝く四十発以上に及ぶだろう人魂の如き火球。空間一帯に広がり、それぞれが不規則に揺らめいて漂った刹那、マルティナヴィスと上空のスクレロリンクス目掛けて一斉に駆け巡った。


 キルスティは全方位からの攻撃を回避する為に、全ての集中を注がなければいけない、奴を追えていない。上空のスクレロリンクスは優れてはいない駆体敏捷性であるが、辛うじて回避に注力している。


 二体目がやってきた方角を見やった、既に二十キロメートル程度までかなり接近をされ、そして地平線の向こうで遠雷のような明滅がいくつか瞬いた後、凄まじい数である紫の光球が一斉に広がった光景を目にした。


 絶望が一層と深まる状況である中、キルスティとオリバーはもがいた。ありとあらゆる方向から高速飛来する光球を避け、逃げた先に烈弾を叩き込まれる。マルティナヴィスは右足を捥ぎ取られ、スクレロリンクスの片翼は上空へ向けて放たれたラヴァパーティクル砲で切り裂かれ両断した。


「クソが……コイツ遊んでるつもりか……」

 オリバーからの無線の声は苦しみに満ちていた。


 遠のく意識を何度も持ち直し、アッダーを構えると何処からか舞い込んだ光球の直撃で砲口を焼きとられ使用不能となった。片足でバランスを取りながら、アッダーの残骸を霧散させ、両腕に近接武装であるストレラを生成して射撃を繰り返すが、どれも掠りすらせず、体力を浪費するに終わった。


 オリバーはキルスティを死なせはしないと、どちらか片方のフォルスラコスが彼女に接近する度に、カーマガを単射し牽制するも、どれも数秒程度の時間稼ぎにしか繋がらなかった。


 コード442。


 キルスティはこのコールを行っても助かりはしないと知っている、ただ、この戦闘で死ぬ者を増やすだけである。それでも死が具体的となって眼前に迫る中、恐怖のあまりに逃避行動として無線機に手が伸びかける。


 そもそも、この状況下で無線を気にすること自体が逃避行為であると、その度にキルスティは短く自省した。砂漠の黒豹、その正体は二体で一個通常駆兵中隊規模の戦闘力を誇る、知性を持った魔物であった。もし無線を使うなら助けを呼ぶのではなく、この情報を伝えるのが有意義な使い道と考えた。


 勝利に結びつかない単なる延命行為にしか過ぎない機動と防御に終始する中、キルスティはコード442ではなく、指令所の通常周波数を使用した。


「……フォルスラコスは二体いる、コイツを完全に仕留めるには、飛びきりの精鋭を集めた十体以上の駆兵中隊が最低限必要だ、以上」


 指令所へ一方的に言い残し、オリバーとの無線周波数へ切り戻した。


「オリバー……帰れるなら帰還しろ、私は逃げきる機動力を喪失した……これから刺し違えるつもりで突っ込む」


 まさか、私がこんな通信を行うとは思っても無かった、これまであらゆる死線を潜り抜けてきた中で、仲間の部隊が落ち着いた声で自身の死を告げるのを何度も聞いてきた、その度に、何故そう穏やかでいられるのかずっと不思議に感じていたが、今こうして自分の身になってようやく理解した。


 本当の死が訪れる時には、心が軽くなるのだ。


「心外だな、俺は切り込み隊長を置いて逃げる性分ではないので」


 彼の声色は、気丈にも普段口調であった。


 オリバーが駆るスクレロリンクスは、駆体各所へくり貫いたような円形の溶痕がいくつも開き、彼が行う回避というのはほぼ、致命箇所以外の代わりに何処へ当てて一瞬の生を得るか、という行為に等しかった。カーマガの連射により既に高度を取る体力も、二体のフォルスラコスからの追跡を逃れる余力も無い。


 次なる犠牲者を減らす為、せめて一体を屠るつもりで突入しようと、オリバーとキルスティは互いに無線で連携をしつつタイミングを計っていた矢先、彼から緊急の報告がスピーカーから響いた。


「キルスティ、悪いニュースだ、三十キロメートル向こうからシルエットプラスワン、速度千六百……速すぎる!」

「セアラダクティルスか……」

「……いや、違う、何だコイツ、セアラダクティルスじゃない」


 オリバーは半壊によって索敵能力を著しく低下させている中、サードアイを使用し、新たに接近する駆体種別を注意深く確かめた。


 四肢は鋭く尖り。


 超音速で大気の壁を打ち破る。


 そのシルエットはまるで、(サソリ)の尾を持つ猛禽のようであった。


 二人が共用している周波数へ、誰とも分からぬ男の声が、静かに無線から響いた。


「ハーストイーグル、エンゲイジ」


 二重関節が成す両腕の先には、漆黒の円錐、凶槍ナイトアリアが獲物を求めて白雲を纏っていた。


 駆体の四眼は、赤々と煌めいている。




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