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METAL HUMA  作者: NAO
チャプター2「ガーディアンエンジェル」
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EP#12「追憶」




 高地に広がる砂漠の冷え込みは厳しく、テントや石炭ストーブが与える暖気では賄いかねる日がある、容赦なく繊維を通り抜ける冷気は、次の出撃までの間体を休めるキルスティの体温を緩やかに奪い続けた。ブランケットを重ねても温まりはしない野戦寝具の上で、手足は自然と丸まり、まるで胎児の恰好をして体温を保持している。


 キルスティは眠りにつく度に瞼の裏に浮かぶ光景を凝視しなければいけない、誤魔化しも、振り払う事も出来ず、意識に帳が降りて暗黒が訪れると、先に(ノスリ)の鳴き声が聞こえる、次に、岩を割るような雷鳴が響く。自らの名を呼んで助けを求める、かつての部下達の無線、ノイズは激しい嵐の雨音さながら声を掻き消してゆく。


「キルスティ教官、俺達殺されちまう」


 奴は私の教え子達を、次々と手にかけた。


「なんの理由があってこんな事ができる」


 奴は機動の度、漲る力に駆体構造を打ち震わせ、空気を介して伝わる音は尻上がりに音階を上げる(ノスリ)の鳴き声のようであった。次に響くのは、雷雲に走り回る閃光と見紛う烈弾を放つ咆哮。断末魔を叫ぶ間もなく吹き飛ばされていく数々の死線を共にしてきた副教官達。


「裏切ったのか、お前、裏切ったのか」


 私が駆兵訓練学校の教官を勤めていた頃、たった一人の訓練課程のドライバーに、訓練生全員が束になっても太刀打ち一つ叶わなかった。圧倒的な力量差、小細工も小手先の欠片もない、高速機動と射撃に皆が翻弄された。これまでどう培ってきたのか考えもつかないその力を、訓練生や副教官達は表現する言葉を見つける事は出来ず、天才と呼ぶしかなかった。


 訓練生はおろか、副教官達ですら全く相手にならなかった。私でさえも、模擬戦闘ではシャットダウン判定を受けこそしないものの、ようやく耐えてしのぐに終始し、攻めて追い詰めるのは困難を覚えると不甲斐なさを痛感した。


 訓練や兵舎での暮らしでは、決して口数が多くは無いが、仲間の輪から外れる者ではなかった、膝をつく者がいれば肩を貸し、弱音を漏らす者がいれば話を聞いてやっていた。決して力を洟にかけず、絆と共感を以て厳しい訓練課程を修了しようと励むその姿に教官達は心を打たれ、仲間の訓練生は誰しも信頼と尊敬の眼を向けていた。


「当然だ! 撃て!」


 訓練課程のとある日、天才と呼ばれた彼女が珍しく調子を出せない日があった、私は彼女へ人間を力の源として駆動するメタルヒューマは、ドライバーの体調にも動きは左右される、最近見ている所、食事の量が少ないのではと訊ねた。彼女は、兵舎の裏にあるタラノキの枝影にリスが営巣している事を知り、消灯前に抜け出してはパンや豆の一部を持ち寄り分け与えていると、やや恥ずかしそうに、薄い唇をはにかみさせて答えた。


 ほぼブロンドに近いと言える明るいブラウンのショートボブを指で弄りながら、普段は超然とした印象を抱かせる彼女が見せた可愛らしい意外な一面に、思わず私も照れくさくなってしまった。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、逃げられない」


 しばらくの日が経ち、私の座学教育を終えた午後、普段であれば座学の後は実戦ではどう応用できるか、私の経験ではどうであったかを質問を投げかける彼女は、足早に教壇へ近付くとグリーンの虹彩を輝かせてリスの巣につがいと子が出来ていると伝えてくれた。


 殺伐とした環境の中で、彼女が私に時折見せる愛らしさに、私は癒されていると同時に、彼女が過酷な戦場で心を失わないかと危惧していた。


「足が、足が無い」


 訓練生にとって三十日に一日のみ許された休息日、皆が外出等に胸を弾ませている中、彼女が兵舎の裏で砂地に腰掛け、タラノキを見上げているのを遠巻きに見かけた。微笑ましくリスの家族を気にかけているのか、心配ないから仲間と出かけてきなさいと声を掛けようとした時であった。


 彼女が見上げるタラノキの枝の内一本が激しく揺れており、千切れた木の葉がはらはらと地に落ちている。枝葉の隙間に大きな茶色の翼が見え隠れした、どうやら猛禽類の(ノスリ)がリスの営巣を襲撃し、リスの子を喰い、親リスを鋭い嘴が切り裂いていたのだった。


 自然の営みとあれど彼女にとっては大変気の毒だと、慰めようと近づく為に歩みを進めたが、私は足を止めた。目を疑ってしまった、あろう事か彼女は、微笑みながら、(ノスリ)に喰われていくリスの家族を眺めていたのだ。


 日々、自らの食事の一部を与え、情を注いで世話をしていたリスであるにも関わらず、何故そうしていられる。私は後ずさりをして生唾を飲み込んだ。その口角が浮かべる笑みが、私の理解を混乱させ、彼女とは何者なのかという記憶の中にいる姿を乱れせた。異様な光景に立ち竦む私に気付いたのか、彼女の眼だけがこちらへ向いた。


 声を出して目を覚ましたキルスティの衣服とブランケットは、汗で酷く濡れており、膝や脇には水をかけたかのような汗染みが浮かび、外気に触れた水気は寝起きの体を強く冷えさせた。体を震わせながらぐっしょりと濡れた上着とズボンを脱ぎ去り、下着姿で体の水気をブランケットの乾いた部分で拭き取ると、バッグのある場所へ歩き、代えの上下服とインナーを手に取って素早く着込んだ。


 教官時代から使用している懐中時計を見ると、定めた集合時刻まであと三十分程であった。両目を擦り、眉間に手の平を当てて撫でくる。これからキルリスト対象殺害に向けて出撃であるというのに、悪夢で集中力を切らしてなどいられない。


 奴を殺すまで、道半ばで倒れる訳にはいかない。


 洟で深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


 平静を整え、パイプ組みの寝具脇にある椅子へかけたツナギを履き、ドライバースーツに袖を通した。懐中時計と駆兵用具を手に取り、寝床としている個人用テントを後にした。



 キルスティは始めに、この駐留地の中枢である指令所へと向かった。


 幾たびも兵士に踏み均されたこの土地の黒い砂は、非常に細かな粒子となって空気中に舞い、肺に届くと酷い咳になる。キルスティは首元のバラクラバで顔の下半分を覆った。


 連なる野戦テント、顔を真っ黒にして汗を拭った箇所だけ地肌を見せる兵士、忙しなく行き交う車両や、往来する物資を縫って進み、コンクリート防爆建築が進行している指令所の前に立った。肩にライフルを下げる衛兵は彼女を見るや足を揃えて敬礼の後、指令所の金属製ドアを開けた。


「キルスティ・レイ少尉、入室致します」


 内部は二段構造をしており、一段目は電信官や通信担当が八人、兵站輸送隊のコントロールを行う五人が大きな地図をボードに張り出し、現在の状態と数日後に予定する大隊到着後の配置を検討していた。キルスティはここに来てからすっかり馴染みとなった電探担当の席に向かい、彼が釘を刺したように目を見張るPPIスコープ画面の台へ手をついた。


「どうだ、傍受やレーダーで動きはあったか」

「いえ、ここ八時間は静かなものです、相手は少尉に仲間を討たれたというのに、どういうつもりでしょうか」

「……私を待っているんだろう」


 電探担当の肩を手で軽く叩き、礼を伝えて奥へ進んだ。二段目の構造は木組み階段を八段程降りた半地下になる。大隊長方と中佐指令へ敬礼を捧げ、駆兵本隊を指揮する少佐の下へ向かった。


 バーン少佐は軍服を軍規基準通り寸分違わず着用し、袖や襟、どこを見ても今朝仕立てたのかと思える程に皺ひとつ無い。まるで規律とプロセスが骨を成し、軍務が肉となり、そうして出来上がった体に軍服を着せたような男だ。


 彼は表情ひとつ変える事無く、今の頃合いで彼女が来る事を分かっていたのか、後ろ腰に手を重ねて直立していた。一息をついて顔を向けられ、キルスティは足を揃えて敬礼を捧げた、彼が頷くと肩幅まで足先を開き姿勢を休めた。


「出るのか」

「はい、キルリスト対象ピク・ルイセンコ撃破の為、二十分後にオリバーハバート准尉と共に出撃します、その報告の為参りました」


 バーン少佐は何かを思ったのか顔を下へ向け、少々の間の後に向き直った。


「奴には私のタスクユニットの内、四人が喰われた、ピク・ルイセンコはキルスティ少尉だけのターゲットではない」

「存じております」


「キルチームは基本的に他の隊と作戦の協働をしないそうだが、今回の件については、私の一存で本隊から有志を参加させたい」

「……お言葉ですが」


「言ってみろ」

「皆殺しにされる懸念がございます」


 いつの間にか、指令所の皆がこの会話を注視していた。


「言うじゃないか、と、張って出たい所だが同じ考えだ、私の部下の内、初戦で喰われた四人が上から数えた腕前であったからな……、しかし仇討ちを果たしたいと隊内は躍起だ」

「……」


 キルスティは余計な口を挟まず、黙って彼の話を受け止めている。


「このアタクマ砂漠にはパロゥーマと呼ばれる黒豹の魔物の存在が語り継がれていると聞いた、ピク・ルイセンコの遊撃戦術は標的をいたぶり殺す様相から、まるでこの地の魔物に準えた存在のように私は感じる」


 バーン少佐は右腕を覆う真白の手袋を外した。右腕の肘から先は、石灰の粉を塗したかの如く白化し、肌色を見せるのは小指のみであった。筋骨石化症という、一部のドライバーが発症するとされる奇病である。駆動中にオールアウトを起こしたドライバーは一般に数時間は昏倒し、やがて自然に目を覚ます。しかし、偶然か時折、極短時間で目を覚ますドライバーがいるという。


 発症プロセスはオールアウト後に短時間で目を覚まし、直後に戦闘機動等によるパワー入力を行う事で体の骨や筋肉が石のように硬化していく、これを繰り返すことで進行し石化症状は全身へ広がる、やがて心肺機能の低下、免疫不全、呼吸困難によって死に至るのだ。通常、戦闘中にオールアウトを起こした場合、数秒であっても戦死に直結する事から、確認されている症例より発症した数の実態は多いだろうとされている。


 治療法は現時点で存在しない。


 バーン少佐は白化した右手を眺めて言葉を続けた。


「私は迷信や言い伝えなどという世迷言は一片たりとも信用しない、だが、この話を聞いた時、もしその魔物が目の前に現れたのなら『臆せず取れ』と考えた。どうやらこの言い伝えを残した民族もまた、一歩も引き下がらない戦士のみが退けたという。そして、私の残された部下達も全く同じ了見である」


「……」

 キルスティは微動だにせず、立ち続けている。


「助けが必要な時、コード442の無線で呼べ、サーフェイス即応隊を待機させている」

「ご配慮、痛み入ります」


「キルスティ少尉、貴官の報告を私は確かに受理した、健闘を祈る」


 彼女は直立不動の敬礼を捧げ、バーン少佐は額へ白化した右腕を緩やかに添えて敬礼を返した。



 集合時刻五分前、僅か二名のキルチームが詰所とするテントの幌布を開けてキルスティが現れた。パイプチェアにオリバーは膝に肘をつけて前のめりで腰掛け、ドライバースーツを着込み準備に抜かりは無く、いつでも乗り込める状態である。


 オリバーはキルスティの表情を見つめ、言葉を待った。


「報告は済ませた、動きに状況変化無し、何かあればサーフェイス即応隊が援護するそうだ、必要ならコード442で呼ぶといい」

「その時は破れかぶれだな……、アイツには何一つ数的有利の常識が通用しない」

 

 キルスティはオリバーの言葉を否定はしなかったが、ひとつ付け加えた。


「だが、引き下がらない連中である事は確かだ、信用できる」

 

 オリバーは黙って頷きながら、頭の中で即応隊の要請から到着までの時刻と位置関係をシミュレーションし、もし入用となった時どのような動きとなるか把握した。


「確かに、呼べば来るのは確かという点は信用できる、ありがたいねぇ」


 いちいち口ぶりに皮肉を混ぜるのは、彼の悪癖の一つであるが、オリバーの行動に信頼を置くキルスティは口うるさく指摘などしなかった。


「質問は無いな、時間だ、駐駆場へ行くぞ」

「了解、キルスティ隊長」


 二名は駆兵用具を手にして、それぞれの駆体へ乗り込むために鎮座する巨影に向かい大股で歩みを進めた。




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