表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
METAL HUMA  作者: NAO
チャプター1「カスケード」
15/41

EP#10「審決」




 カスケード隊駐留地である野戦テントの周囲を強烈な風圧が覆った、絶えず砂煙が舞い、野ざらしのパイプ椅子やモトは倒れ、詰所のテントは今にも空へ飛び去っていきそうである。


 上空から地面を震わせ着地した巨影はハーストイーグルであった。駆体表面の高温はとっくに冷め切っており、あの山岳で殺戮を繰り返した気迫はその姿には無い。


 頭部にある四ツ目の光が消え、背面に存在する、駆体と外界を隔てるマンホールのような鉄製蓋の中心にある大きなリング状のハンドルが勢いよく回り、何周か回転を終えると、ガコンと音を響かせハッチに隙間が空き、内側から縄梯子とロープが投げるように垂らされた。


 ロナは縄梯子に一段ずつ足をかける事なく、ロープを手にしてラペリング降下の要領で駆け下り、一気にスピードを乗せて地にブーツの足跡をつけた。平時であれば四体のネメグドバーターと一体のイカロニクテリスが勢ぞろいで並んでいる景色は、出撃前に撃ち殺されたボディサの駆体のみポツリと残されており、このがらんどうとなった光景を目にする状況というのは当然、隊が全滅した時他ならない。


 激しい連戦による駆体に対するパワー消費で憔悴し、山肌への墜落時に全身へ強い打撲を負ったロナはおぼつかない足取りで待機所となるテントへ歩みを進めた。


 早く宿場町に戻って、レレイが無事か確かめたい、子供たちをモーテルに連れ戻さないと、ディコンは撃ったと言ったが即死したとは限らない、もしかしたら助かってるかもしれない。


 朦朧とした意識の中、次第に目的と行動がピースのように組み合わさり、彼の足取りは早まった。モーテルまで向かうためのバギーのキーを取りに行くため、待機所のテントを開けると、ボディサの遺体は片付けられ血糊だけが残されている、代わりに六人程のライフルや短機関銃を手にした軍警察達が一斉に銃口を向けた。


 何故。


「両手を頭の後ろに回して跪け! 指示に従わない場合発砲する!」


 一人二人ならまだしも、六人という対処不可能な人数差を前に、致し方なくロナは両手を頭の後ろにして膝立ちした。 


 指示に従う態度である事を確かめると、軍警察の内一人がロナの腰に差してある拳銃を抜き取り、弾倉を落としてスライドを引いて発砲不可能の状態にした。もう一人は彼を蹴とばし、体重をかけて地面に押し付け身柄を拘束した。


 視界一面は土しか見えず、頭も押さえつけられてる為に身の自由の一切を奪われた、前方から足音が近づくと、バサりと紙を取り出す音の後に、内容を読み上げた。


「カスケード隊ロナワイズマン、二等駆兵だな! 貴様を『同士討ち』の容疑で逮捕する!」


 容疑の内容は横領行為ですらなく、たった今起こったあの顛末の事であった、何故彼らは知っている、ジョンブラウンとの約束があったにも関わらず、彼らは事情を知らないのか、説明をすれば分かってくれるのか、ロナの心中は混乱で満たされた。


「ジョンブラウンという男を、そいつと会わせてくれ、これは間違いだ」


 ロナの言葉を無視し、両腕を背後へ更に強く制され、無情にも手錠が掛けられた。 


「諜報コマンドのジョンブラウンだ、彼は全てを知っている、これは彼の依頼でもあった」


 なんとか、ここで自分を拘束している場合等ではないと問いかけるも、軍警察達はその訴えに対し一向に聞く耳を持たない。

 

 ふと、レレイの笑顔が脳裏に浮かんだ。そうだ、レレイに会わないと。子供たちを取り戻さないと。


「宿場町のモーテルで起こった事件を知ってるか、銃撃戦があったはずだ、誰が助かってるか教えてくれ」

「さっきから何を言っている、抵抗するつもりなのか」

「そうじゃない、これは諜報コマンドのジョンブラウンが管理している作戦の一つだ、モーテルで起こった事件を知っているなら、その状況を教えてくれ」


 ロナを取り押さえる一人がその言葉を聞き、この場の上官であろう男に目配せをした後、その上官らしき男は顎で合図を返した。


 傍らの一人が肩にかけるスリングを下ろし、ライフルのバレル先端を両手で掴むと、地に伏せるロナの頭をボールにでも見立てたかのように、ライフルの銃床は勢いよくスイングされ、ロナの顎を強く打った。


 ジョンブラウン、あの男にさえ話が通れば……。


 レレイに会いたい……。


 エディ、ジェフ、キャロル、ベラは今どうしている……。 


 強い打撃によりロナは脳震盪で意識が混濁する中、彼女と子供たちの無事を確かめたい一心であったが、それは鐘楼のように響く頭痛と深い眩暈と共に消えていった。


 昏倒したロナを担ぎ、軍警察達は乗りつけたバギーにその身柄を放り投げ、この地を後にした。



 もう何日経っただろうか、ここがどこのなんて建物かも把握しきれないが、恐らくは本国の拘留施設だろう。


 マットレスすら無い板張りのベンチと、臭気を漂わす金属製の便器、この二つが独房に存在するインテリアだ。窓も無く、天井には小さな明かりを与える電球と、食事の際にのみ小窓が開く分厚い金属製のドア。


 彼は日に二度ある食事の回数で日付を数えている。

 もし間違いが無ければ、とっくに三十日か四十日は経過しているかもしれない。


 日数が長引くだけ、レレイとの距離が開いてしまうのではないか、会えなくなってしまうのではないか、不安を振り払えずそう感じてしまい、食事の時間になると絶望は一層と深まった。


 あの時ディコンが「撃った」という言葉、それが即死でなく、尚且つ彼女が適切な手当を受けられた事を眠りの度にただ祈った。


 ダンは何故、あんな無意味な事をしたのだろうか。

 横領の疑惑がある中、隊を道連れに破れかぶれになって滅茶苦茶にしたかっただけなのだろうか。


 テントでダンを殴りつけて銃口を突き付けた時、警報機が鳴り響くと彼は邪魔されたとでも思ったのか、鼻息を大きくついて、まるで落胆したようでもあった。


 しかし、出撃となるや、これから起こるだろう俺からの報復を待ち侘びていたようにも感じる。


 そして、最後は俺に殺された。


 俺に全員を殺させた。


 どうして。


 板張りのベッドの上で答えの無い問答を繰り返していると、これまで独房に投げ込まれてから一度も開く事の無かったドアが開いた。


 ドアの先にはスーツ姿の見知らぬ男、両脇には帽子を被った刑務官が二人。


「出ろ」


 刑務官はロナの両腕をそれぞれ担ぎ、彼の意思に関わらず独房から連行した。ロナの身体はすっかり脱力しており、何の抵抗も示さなかった。


 これから処刑でもされるというのか、方法は何になるだろうか、薬物か、電気椅子か、銃殺か、どうせなら銃殺がいいな、頭を撃ってくれるなら手っ取り早い。


 はたまた絞首刑は気分が悪いな、首を括られるというのが性に合わない。


 両足に枷を、両腕には手錠、ガチャガチャと音を立てていくつもの曲がり角とドアを抜けて、やがて仰々しい木製両開きのドアの前に立った。


「入れ」


 出ろだの入れだの、ここの仕事はその二言を喋って済むならラクな仕事だなと口に出さず心の内で悪態をついた。しかし既にどんな意思にも関わらず、為されるがままにしかならない状況に陥っているロナは大人しく従う他無かった。


 両開きのドアが開かれ、足を前に進めた。真ん中には胸辺りまでの高さの台、正面の小高い位置に一人の軍人、左側の長い木製テーブルには二人の軍人。


 それぞれ階級章やバッジ、ネクタイまで締めて高級将校の装いだ。どうやら法廷に立たされている、生まれて初めて立つ法廷は、先入観よりずっと閑散としていた。法曹や裁判官の姿が無い事から、これは単なる法廷ではなく、軍組織内部で行われる軍法廷であるようだ。


 彼らの仕事はきっと簡単だろう、ここまで来るような連中など全員銃殺にしてしまえばいいのだから、何も考える必要は無い。撃てば済むという点では、前線で戦闘する自分と、本国で勤務する彼らの仕事の内容に大きな差は無いかと鼻で笑えてしまう。


 勾留されてから今に至るまで当事者である自分に一切の取り調べが無かったことも、暗に言い分など聞き入れるつもりも無く、判断は最初から決まっているものだと邪推せざるを得ない。


 弁護人の役割をする人物もこの場にいないようなら猶更だ。


 これから自分の結末がどうなるかさえも、半ば自暴自棄になり開廷後も将校が読み上げる言葉は殆ど耳を通り抜けていった。


 ここには左側に大きな窓が二つあり、数十日ぶりに目にした外界の姿はとても鮮やかだった。


 日の光に、階下から伸びている木の枝にはいくつかの枯れ葉が見えた、窓の景色は中庭であるのか、風景の下半分は全て灰色に覆われ、上半分は久方ぶりの青空を覗かせた。


 目に入った陽の光は暖かった。

 それだけで、何か少し救われた気がした。


「……被告人」


 陽の光は暖かいだろう、どうせ死ぬなら、外で太陽が見ている所で死にたいな。


「……被告人! 答えなさい」

「すみません、聞いていませんでした」 


 自分で言っておいて間抜けな回答に、壇上の将校は、あからさまにため息をついてもう一度読み上げた。


「ロナワイズマン、貴官が作戦行動中に意図的に殺害したのはダンフェイゲン隊長、ディコンベッカー副隊長、ブラカウハーマン一等駆兵、ボディサブライトン准尉、アビィボイル二等駆兵の計五名で間違いないか」


「間違いですね、ボディサは隊長が撃ち殺した」


 ここまで来ていよいよ初歩的な摺り合わせから始まるのかと、ため息をつきたいのは俺だという表情がロナに浮かんだ。窓際に並ぶ二人の将校はそれぞれ書類を見合わせているが、恐らく無駄だろう。


「では、他の四人は自身の手によって殺害したものと認めるという理解で間違いないか」


「……間違いありません」


「我が軍の法律では、同士討ちにおいて急迫不正の侵害、対象が作戦遂行上の重大な障害であるという客観的事実が無い限りいかなる例外を以ても認められない、当件における同士討ちにおいて保安局、軍警察の調査では該当する事実、事由は無く、ロナワイズマンによって行われた隊員に対する殺戮行為は国家に対する重大な反逆行為であるとみなす」


 あのテントでの状況やモーテルの事件が事実なら、十分に急迫不正の侵害とやらに該当するかとよぎるも、そもそも徹頭徹尾として事実関係を確かめる気など無い軍法廷に何を申しても無駄であるのは明白であり、ロナの目には社会や構造に対する哀れみすら浮かんだ。


 それから、壇上の将校はずっと長い間、書類に記載されている勝手な内容を読み上げ、また、これまで繰り返して口癖に沁みついているだろう法律と国家に対する責任について述べた。


「よって被告人、ロナワイズマン二等駆兵を銃殺刑とする」


 案の定、という審決の内容であった。

 ずっと将校の言葉を聞き流して窓を眺めていた彼に、最後の判決だけは耳を通り抜けなかった。


「ひとつよろしいでしょうか」

「……発言を許可する」


 将校は息を吸って、余計ともいえる間を開けた後に、最後の情けかロナの発言を許した。


「俺を撃つときは、晴れた日で、太陽の下で、外でやって欲しい」


 実行がいつになるかはか分からないが、これぐらい聞いて取り図ってくれるだろうという願いだ。


「我が軍の軍法廷が判決した刑の執行において、被告人の要望を叶える余地は無い」


 ならせいぜい、元の執行の仕組みが外でやるものならいいな、そう胸の内で願った。


 それから、窓際にいた二人の将校が今回の判決について決定されたプロセスと、何か刑について同意を示したであろう、内部の段取りに関わった人物の名前を形式的に読み上げていたが、どうせ聞いても仕方が無い事は全て耳に入れる事は無かった。


 周囲の将校たちが書類を机の上で叩いて早くも片付けを始めた頃であった、突如として軍法廷の扉が開かれ、一人の男が乱入した、革靴の音を鳴らしてずけずけと壇上の将校に近付いたのであった。


 この場の皆がざわつく。


 スーツ姿であるが、その姿、その風貌。


「あぁ御免ください、すみませんね法廷にお邪魔しちゃって、判決はまだ出ておりませんよね、あぁ、なるほど銃殺刑……」


 男は壇上傍らの判決が記された資料にわざとらしく目を通した。


「開廷中に部外者の入室は認めれない」


 将校は刺すような厳しい目線で、平たく言うと出てけと口にするも、図々しい態度の男は相変わらず飄々と喋りを続けた。


「軍法裁判官殿、開廷中である法廷への入室、無礼諸々お詫び致します。わたくしは国防総省・国防防諜局のジョンブラウン少佐と申します」


 最初は保安局、次に諜報コマンド、今は国防防諜局、聞くたびに肩書と階級が変わる男は、確かに自らジョンブラウンと名乗った。


 ロナはこの法廷で初めて被告人の立つ台へと前のめりになり、焦りのあまり口を開いた。


「ジョンブラウン! 全て知っているんだろう! 説明をしろ!」

「いいからいいから、助けに来たんだ」


 手の平をこちらに向け、気安く窘めるジェスチャー。


 助けに来ただと、全部お前が書いた筋書きじゃないのか、その態度に思わず怒りが混じるも、今はこの男に委ねざるを得ないのは苦しいが仕方がないと理解しているロナは、口出しはせずに睨みつけるかのうように一挙手一投足を凝視した。


「どうぞこちらをご覧下さい」


 ジョンブラウンは取り出した数枚綴りの資料をそれぞれ法廷の将校へ渡し、内容を読ませる時間を与えた。しばらくの時が過ぎ、中身を把握した壇上の将校はジョンブラウンへ目配せをして「お前が喋れ」と促すようだった。


 愛想笑いを返し、ジョンブラウンは白々しく両手を伸ばして書類を掲げ、その内容を読み上げた。


「カスケード隊ロナワイズマンによる、同士討ち行為の背景には、これまでの隊内で行われていた横領・密輸・人身売買に手を染めていたダンフェイゲン隊長、ディコンベッカー副隊長から、この犯罪行為に加担するよう強く求められていた、愛国心と正義に溢れるロナワイズマンは重ねて拒否の姿勢を貫いていた、にも関わらず要求は繰り返され、拒否を続けるのであれば暴力行為による服従強要も辞さないという、隊長、副隊長による力づくでの脅しを示された」


 ジョンブラウンは資料を一枚捲って続けた。


「ダンフェイゲン隊長とディコンベッカー副隊長は軍組織外の犯罪グループと関連もあったことから、ただならぬ身の危険を察知しても、その悪意に屈さないとロナワイズマンは一貫して拒否の構えを固辞した。しかし、アラート出撃の際にこれ以上拒否するようであれば、戦死を偽装の上でこの場で殺害するという更なる追い打ちを両名から受け、自身の生存を賭けるには、我が国家への反逆である同士討ちをする他無いと考え、苦渋の判断に涙を浮かべつつも、軍籍を利用し犯罪を繰り返す隊長及び副隊長を断罪の為に殺害する事を決意し、ロナワイズマンは今回の事件を起こすに至った」


 また一枚、資料を捲り事実関係もへったくれもない読み上げが続いた。


「ロナワイズマンが今回起こした事件は、ほぼ孤立した環境である前哨駐留地で起こった自己判断による自力解決である、しかしながら我が軍では、隊内での規律不遵守、犯罪行為を確認した場合は随時保安局及び軍警察への通報も同時に軍人への義務として存在する、ロナワイズマンはこの存在を知っていたか否か不明ではあるが、自己判断で行動に移した。隊長及び副隊長は犯罪行為の経緯が明らかであるが、他三名の犯罪行為の有無については調査中であり、現時点では明確でないのも同時に事実である」


 更に資料を捲りジョンブラウンの説明は続く、こうも堂々とデタラメがつらつらと垂れ下がる様子にロナは顎が落ちる思いであった。


「本来軍人としてとるべきプロセスを遵守せず、同士討ちによる自力解決を行った事について、殺害された五名の内三名の犯罪加担への事実関係が不明瞭である事等を諸々踏まえ、被告人ロナワイズマンを銃殺刑保留とし、前哨警戒任務を解除の上『キルリスト作戦』の任務へ従軍とする、伴い、カスケード隊を除隊し、キルチームへ編入とする事をここに決定する」


 曲がりなりにも公式文書の事実関係の部分に対し「等」であったり、「諸々」という言葉が使われるのかと甚だ疑問であるが、どこかの別な隊で別の仕事をさせられるらのは確からしい、が、銃殺刑が白紙になったのではなく、保留というのが引っかかる。


 ジョンブラウンは一通りの書類を読み上げ、そこに連なる幾つものサインの最下部に、指先をくるくると振って将校へペンを走らせるようジェスチャーをした。彼は問題なくサインが記された事を確認し、将校と僅か一瞬ばかりの握手を交わした後、扉から去っていった。


「ロナワイズマンへの判決と処遇は以上とする、閉廷!」


 将校から閉廷の宣言が告げられ、判決に基づき、被告人のお立ち台で手錠と足枷を解除された、ロナは開廷から閉廷まで何一つ事実に基づかない、法の番人達を後にした。


 法廷から一歩出るとジョンブラウンの部下と思わしき背広男がすかさずやってきた、男は周囲をぐるりと注意深く一瞥するとロナの背中に手を回し、歩みを早くして別室へと案内したのだった。



「悪いね、こんな結果になってしまって」


 案内された小さな個室のソファにジョンブラウンは腰をかけ、タバコの煙を揺らしていた。


 その姿を見るや、ロナは足取りを早めて彼が腰かけるソファの肘掛に手をついた、この男にいくらでも問いただす事があるが、始めに最も重要な事から質問をした。


「レレイはどうしている、どうせ分かっているんだろ、答えろ」


 過酷な勾留期間にやつれを見せる表情であるが、目には強い力があった。


「……残念だが彼女は亡くなっていたよ、我々の同僚が手配し、今はあの地域の墓地に埋葬されている」


 その言葉を聞いたロナは、体中を支える筋肉から糸が切れたように力が抜け、嗚咽を漏らして床に崩れた。


 心臓が締め上げられるような痛みを感じ、彼女の為に涙を流そうにも渇いた身体の目からは何も垂れてこない、ただ、悲痛な嗚咽としゃくりだけが室内に満ちた。

 精悍な体をした軍人が、情けなく地に伏してあうあうと泣いて咽ぶ姿にジョンブラウンも痛ましそうな表情を浮かべた。


 彼はロナに手を触れる事は無かったが、タバコを灰皿に押し付けると慰みにもう一つのニュースを告げた。


「あのモーテルにいた子供たちの所在は特定している、ロナ、どうしたい?」

「例の約束の報酬、あるんだろうな」

「もちろんさ」


 ロナは目頭を手で押さえ、向き直った。


「その金で本国へジェフ、エディ、キャロル、ベラの亡命手続きと暮らしを用意してやってくれ、それぐらいやってくれるだろう」

 ロナは意思を伝えている最中にはっと気付いた。あの子供たちの内、エディはモーテルの常連であるローラの子供であったのだ。


「モーテルの事件でローラという女性がいたはずだ、彼女は無事か!?」

「……いいや残念ながら、既にレレイと同じ墓地に埋葬してある」

 モーテルの事件を起こした三人に再び怒りが湧いてくる、既に殺してしまっている以上、どうしようもないのがやりきれない。


「では、変わらずだ、四人の子供達のサポートをしてくれ、あの金ならそれでも余る筈だ」

「……面倒だがいいぞ、やってあげようじゃないか」

 足を組んだ彼は、本来俺の仕事ではないという態度であるが、どうせ適当な部下に丸投げするなら面倒臭がるなという思いだ。


「ジョンブラウン、既にそっちで調べ上げている事なら教えて欲しい、ダンは何故あんな事を、レレイは何一つ保安局とも繋がりが無いはずだ」


 ジョンブラウンは説明が長くなるなと思ったのか、タバコに火を点け順を追って説明を始めた。


「彼は離婚していてね、息子の世話をしている本国に住む元妻から長い事金の無心をされ続けていた、隊長ほどのキャリアと階級であるのに貯蓄には金なんて残ってなかったんだ、その過程でディコンとつるんで横領やら取引を繰り返していたんだが、その報酬を以てしても大半は元妻からの請求に消えていった」


「彼自身昔はとてもマジメで部下に対しても教育熱心でね、あんな人物ではなかったんだよ、前大戦ではスレートドライバーを片っ端から葬っていく事からいろんなアダ名がつくぐらいの有名人さ、英雄ともいえる、ロナは知らないだろうけどね」


「しかし在りし日の熱意は空しく、金欲しさに汚れたシゴトもやって、隊は腐敗して、息子にも会えなくて金は無くなるし、もう自暴自棄になっていたんじゃないかなと、俺は思うね」


 話を聞くロナには、まだ疑問が残っている。


「何故、俺にわざわざやらせるような真似を」


 ジョンブラウンは一つ宙を眺め考えた後に口を開いた。


「彼に自殺できる機会はいくらでもあった、でも出来なかった、だからあんたに自分を殺してほしかったんじゃないか? 俺の勝手な推察だけどね、結果的にダンの見込み通り凄腕を秘めた君は一騎討ちで仕留めてみせた」


 それでも、レレイを巻き込まないで欲しかったと、もう取返しの付かない事に嘆きがロナの口元に浮かぶ。


「俺はダンがどう考えたか分からないが、明確な殺意を欲しかったんじゃないのかねぇ……あ、それと伝える事がもう一つある」


「ロナ、君がこれから就くキルリスト作戦、概要の書類を渡すから読んでおくように、数日したら別な担当が身柄を引き取りに来る、それまではここの近くにある軍の公宿舎を屋根代わりにでもしておけばいい」


 彼から渡された書類の表紙ど真ん中にはキルリスト作戦と記載されており、本来この手の書類にはありがちな作戦本部や司令部、直轄等の命令系統が一切書かれていない事から不気味さが増した文書であった。


 ロナが恐る恐る内容を確認すると、それは敵対陣営の脅威度の高いスレートドライバーのリストがずらりと並び、これから編入されるキルチーム03という隊で担当する殺害対象がマークされている。


 キルリスト作戦とは、高い脅威度を持つ敵のメタルヒューマドライバーを狙い撃ちで殺害し、敵組織の作戦遂行能力の弱体化と士気低下を目的とした作戦のようだ。


 戦車や戦闘機と違って、メタルヒューマの戦闘能力は駆動するパワーの源となるドライバーの資質とテクニックに大きく依存する。つまり作戦遂行能力とはシステムや仕組みではどうする事も出来ない領域が存在し個人のパフォーマンスに依存する部分が拭えないのだ。


 常に安定した能力を保証したい軍事組織としては避けたい性質である。


 辛くも戦況は膠着状態に陥っている現状の事態を打開するにあたり、敵の作戦遂行能力の支柱となるスレートドライバーのみを狙って殺す、時には味方の作戦に乗じて、時には単独で、仲間達がどんなに苦しんでいようが、そっちのけで目的の対象のみを狙い、殺したら味方を置いて別の場所に飛んでいく。


 要は戦場の殺し屋である。


「重大な注意点が一つある、それぞれの殺害対象にはスケジュールが決まっている、追って指示される期日までに対象を殺せなかった場合、銃殺刑の保留は解除され執行となる、覚えておけよ。リストを完遂するか、カスケード隊事件の調査が進行して訴状が白紙になるか、どっちが先になるかは分からないが、素直にスケジュールは守った方がいいな」


 地獄のようなルールを課された事に怒りも通り越し、何も言葉が出ない。


 もういい、殺せなかったら殺されるのは今までの戦闘でも変わらない、やる事は同じだと自分を強引に納得させた。どうせ文句や思いの丈を喚いても何一つ変わりなどしないのだから。


 一通りの内容を確認し、この部屋を去ろうとしたロナへジョンブラウンが背後から声をかけた。


「ダンフェイゲンを戦闘で仕留められるか確かめたがっていたのは、誰よりもロナ、君自身じゃなかったかな」


 捨て台詞のように皮肉と悪趣味にまみれた言葉に返事をする事無く、ロナは去った。


 ジョンブラウンは閉ざされた扉へひとつ彼へ呟いた。


「ロナ、お前は俺が出会った中で一番殺しが上手い」







チャプター1「カスケード」完結です。

ここまで読んで頂いた方へ心よりお礼申し上げます。


お気軽に感想等頂けると、今後の制作に向けてとても励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ